2017年06月15日

今年もキョウカノコ

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  京鹿の子咲きて遠流の行在所  中西克喜
 
 手元の歳時記によると、「京鹿子の名前は、淡紅色の花序を京染の鹿子紋に見たてたもの。」(福田甲子雄)とある。緑の叢の中に、赤い茎も目に付く。その赤が、どこでろ過されて淡紅色の花となるのか、じっと見ているほどに不思議さが募る。
 掲句、京鹿子の「京」に、「行在所」が響いて、遠島に流されたやんごとなきお人の無念の年月に思いが流れてゆく。俳人の目は、見るものを見て、見るものを捨てる。そして見えないものに、遠く観照の光を照らす。
  
 
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2017年06月11日

今年もヘヴンリーブルー

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 吾小庭の青い花の極め付きは、ヘヴンリーブルーと言いたいところだけれど、園芸店で見つけたのは、「サカタのタネ」の「あさがお 青い簾 大輪」。定植して2週間ほどで蔓丈1mに満たない幼いものに、今朝一輪、花が咲いた。花の形といい色合いといい、蕾の独特の形まで先年楽しんだヘヴンリーブルーにそっくりだけれど何が違うのだろうか。霜の季節まで咲き続けるとあるのも全く一緒。
 ま、いいか、花の科には非ざるものを・・・。蕾も沢山ついているから、今年の夏も青い「簾」で過ごせそう。
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2017年06月07日

今年もヤブムラサキ

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 開ききっても、花の径は6,7ミリ程の小さな花。4枚の紫の花弁の中に球形の黄色い雄蕊があって、しばらくするとドームの屋根を開くように四つに割れて花粉が見えるようになる。雌蕊は半透明のクモの糸より細いくらいのものが、雄蕊を割ってツ〜イッと1センチほど突き出る。
 こんな小さな花にも蜜はあるらしく、身体のまんまるい花蜂がしきりに蜜を求めてやってくる。
 偲びやかに咲く小さな花だけれど、紫と黄色の配色といい、一見なよなよと見える雌蕊だけれど生命の営みを宿すしたたかさといい、自然の配剤には驚くばかり。秋には母なる花の色を請けて、紫の実が熟す。
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2017年06月05日

今年もホタルブクロ

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 淡々した、ピンクに近い薄い紫のホタルブクロは、この節の吾小庭の主役のひとつ。
 去年の秋、コスモスの花束をいただいた花美人の奥さんから、今朝の散歩のときに、濃い紫のホタルブクロを分けてもらった。ホタルブクロと言わずに、今どきのやたらと長いカタカナ表記のものなのかもしれないけれど、奥さんも正式の名は知らないと言う。花の姿形も葉茎もそっくりだから、ま、暫定ホタルブクロ。
 今朝は、忙しいからと切り花にしていただいたけれど、暇を見て一株鉢上げしておきましょう、と言ってくれた。奥さんがまた一段と輝いて見えた。いただきます。
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2017年06月04日

今年もニッコウキスゲ

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 弱々しい株立ちだったので心配していたけれど、一日と言えない、凛々しい花径が二本立って、そのうちの一本に、今朝、一輪花が咲いた。朝陽を浴びて胸を張って咲いている。別名、禅庭花(ぜんていか)と言うそうな。言われてみればそのように、庭にあって、「心を一の対象に集中し、正しくつまびらかに思惟し、無我寂静の境地に没入すること。」(『辞海』:禅より引用)に導いてくれるにふさわしい花の姿だ。

 
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2017年06月03日

今年もチドリソウ

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  六月を奇麗な風の吹くことよ  子規

 本格的な梅雨の季節に入る前の晴れ間は実に清々しい。
 掲句、簡潔に言い切ったかに見えるけれど、病を得て長い長い療養生活を強いられる子規の生涯を知っているわたしたちには、この季節の風の心地良さを感得するだけでよいのかどうか・・・。

 小庭に、今年もチドリソウが咲いている。昨年は庭一杯に株が増えて、濃い青紫、薄い紫、そして白花と咲き競っていて、花期が終ってもそのままに放置して種がこぼれるに任せていたのだけれど、期待した数は見られない。それでも、繁茂した下草の緑の中にすっくと背を伸ばしたチドリソウの立ち姿は、その花にもまして気持ちのいいものだ。
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2017年04月25日

花に会う

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 庭の草木の芽吹きに歓声を上げ、咲く花を掌に囲って愛でることに幸せを感じるのは、季節の確かな廻りに出会える喜びがもたらしてくれるもの。例年、同じところに立ち同じように眺め同じように語り掛ける。
 青空を背景に見るアケビの花と若葉が目に染みる。

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 その下草の中にあるオキナグサが例年になくたくさんの花を開き、木漏れ日を受けて恥ずかしそうにしている。
 サンザシの蕾もヤマブドウの若芽も膨らみを増し、フサスグリの小さなな花も陽射しを浴びて輝いている。
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2017年04月15日

拍 手

 簡素ながら、花いっぱいの心のこもった設えの祭壇の中央で、オオタさんの遺影が微笑んでいる。濃い藍染の和服姿だった。葬儀の終わりに、遺族を代表して長男君が挨拶をした。涙で少し詰まったところもあったけれど、気丈に亡き父親の人となりを語り、会葬者への感謝を述べた。短いけれど温かいいい挨拶だった。オオタさん、長男君立派に勤めましたねと、思わず拍手をしそうになった。思いとどまったのは、葬式に拍手はふさわしくあるまいと常識が働いたのではない。どうせ他の会葬者は黙っているだろうし、一人の拍手だけではかえって淋しく響くだけだろうと瞬時に思ったからだ。
 オオタさんは、僕にとっての、仕事の師、山登りの先導者、酒飲みの先輩、女・・・いやいや、いろいろと大変お世話になった人生の先達だったので、悲しさも悲し、寂しくてならない。
 オオタさんは、いっとき「火宅のひと」になり、数年、付き合いが途切れてしまったことがあったけれど、最後まで、良い漢(おとこ)でした。
   
  すると、彼女(引用者:大原麗子)の女優生活を十数分にまとめた映像が流されたのである。華やかに、い いところを選んで編集したビデオだった。私は見ているうちに、これは映写が終ったら拍手をしようと思っ  た。孤独な死を迎えた女優を囲んだ最後のみんなしての集まりではないか。よく生きぬきましたね、と拍手  してなにが悪いだろうと思った。終わった。拍手をした。私ひとりだった。なんという非常識というように見 る人もいた。平気だった。ルナールの言葉が頭にあった。

   なぜ弔辞の時には拍手をしないのだろう。(『ルナールの日記』岸田國士訳 第六巻)
 
 フランスでも葬儀には拍手はしないのだから、ただ私が軽はずみだっただけのことなのだけれどーーー。
(『月日の残像』山田太一著 新潮文庫 「ルナールの日記」より引用) 
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2017年04月13日

今年のヒスイカズラ

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茨城県植物園のヒスイカズラを見に行く。
 去年は時期を逸してしまい、花の終わり、散り終わる間際を見る羽目になり、今年こそは
と出かけた。
 今年は開花が遅れ、係員の方もずいぶん気をもんだらしいけれど、無事に4輪の花をつけ、神秘的な色合いを見ることが出来た。とは言っても、1輪は既に散りつくし、残りの3輪のうち通路に下がって咲いているものも、半分は花びらを落としていた。写真のものが一番後に花をつけたもので、まだ蕾の状態、色も本来のヒスイ色とは行かずあと1週間後が見頃という感じ。一番大きく色合いも目を奪うようなヒスイ色をしている花は、絡まり合う蔓と葉群の陰に身を隠すように咲いている。
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 まさに散らんとしている花のアップ。色と言い姿かたちと言い何とも玄妙なヒスイカズラ。
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2017年04月06日

青い海

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 美術工芸大学に進むことになった孫君と一緒に、JR日立駅を見に行った。大学は金沢にあるので、受験の合間に「21世紀美術館」を見て感じるところがあったらしい。妹島和代さんの作品だ。
 ガラスとフレームの使い方が独特で、周囲の景色との融和も、設計のコンセプトの一つらしい。
 凪いだ海の青さが目に染みるようで遥かな沖合には白い漁船の姿も三々五々、いいお日和でした。
 シルエットは若人の姿だけれど、ふっと胸に浮かんだ歌がある。

 老人よ楽しからずや海は青しやよ老人よ海は青し青し  牧水

 この歌一首だけでも牧水が好きになってしまう。青は青年だけのものではない、「楽しからずや海は青し」と老年に呼び掛けてくれる。
 孫君の前途が青く輝いてくれることを念じながら、しばらく海を見ていた。
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2017年04月03日

タツタソウ

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 2年前、小庭のどんぐりの木の下に鉢植えから移植したタツタソウが一輪、花をつけた。昨日、下草の中に赤紫色の幼い芽がかたまって芽吹いているのに気づいたばかりなので、驚いている。
 本来、草丈は20センチほど、花は径3センチほどになるはずなのだけれど、何を待ちきれないのか花茎は5センチにも満たないし、花の大きさも1センチあるかなしか、ごくごくミニサイズで咲いている。
 隣のカタクリは、ようよう片葉を出したまま動かない。気温が上がって、地温も追いつけば、草花は一気に勢いを増し季節を謳歌するはずとは思うものの、なんとも待ち遠しことだ。
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2017年03月31日

菜の花

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 菜の花に春行く水の光かな  召波

「菜の花」、「春」と季重なりながら、誠にもっともな春の景を詠む。「春行く水」が眼目で、一筋の流れに乗って辺りの景も春の気もゆったりと移ろう様に、菜の花はむしろ脇役、点景のよう。
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2017年03月20日

温度も味のうち

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 毎度、芸のない話だけれど、コーヒーサーバーの光と影で楽しんでいる。
 温かい朝は、庭のテーブルでコーヒーを飲む。
 少しぬるくなれば、五徳に乗せてアルコールランプでゆっくり温める。
 温度もまた味のうちと知れる。
 炎に温められたコーヒーが対流をおこして動き始めると、赤味の勝った琥珀色が揺らめく。
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2017年03月10日

詩を読むとは

 そのひとは、乱暴な物言いになるけれど、と断って「ふざけるな!!と言いたい」と言った。

 聞くともなしに一晩中流しっぱなしだったNHKのラジオ深夜便も終りに近い時間帯だったように思う。何時から出演されていたのか判然としないのだけれど、落合恵子さんの只ならぬ声に目が覚めた。
 福島県の罹災者、他県避難者、仮設移住者に対する、行政の、そして何より我々日本人のあまりにも情けないなさりように、強い物言いになったらしい・・・。
 落合さんがさりげなく口ずさんだ長田弘さんの詩が胸に響く。
---どこにもいない?
  違うと、なくなった人は言う。
  どこにもいないのではない。

  どこにもゆかないのだ。
  いつも、ここにいる。
(詩集『詩 ふたつ』から「花をもって、会いにゆく」)

 長田さんは、この詩集の「あとがき」に記している。
---一人のわたしの一日の時間は、いまここに在るわたし一人の時間であると同時に、この世を去った人が、いまここに遺していった時間でもあるのだということを考えます。
 亡くなった人が後に遺してゆくのは、その人の生きられなかった時間であり、その死者の生きられなかった時間を、ここに在るじぶんがこうしていま生きているのだという、不思議にありありとした感覚。

 これを記した前の年に、長田さんの奥さんが亡くなっている。
 その長田さんも今はいない。
 長田さんの詩を読むと、大いなる、魂へのレクイエムを聴く想いがする。
 
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2017年03月09日

揺らぎ

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 北風は冷たいけれど、陽ざしは春のもの。陽だまりの温かさは格別。
 わずかに残ったコーヒーを漱ぐために湯を注いで陽にかざすと、サーバーの中に琥珀色の春が揺らめく。
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2017年03月06日

ミモザ枯れる

 花の季節になった。去年植えた小庭のミモザアカシアも、当方の背丈を超えるまでに成長し枝いっぱいに蕾を付けている。程なく黄色の可愛らしい花が咲くだろう・・・
 と楽しみにしていたミモザが、突然枯れてしまった。たくさんの蕾が開かないまま、立ち枯れた。
 これで二年続けて、枯れたことになる。がっかりしつつも、あの愛らしい花が見たさに、また園芸店に走って背丈ほどの幼木を一本買ってきて植えた・・・待て待て、これには何か原因があるに違いないと穴掘り作業を中断して説明書をよくよく見ると、「日当たりと排水のよい、強風の当らない場所が適します。」とある。これで思い当たった。ミモザを植えていた場所は、母屋と、離れてはいるけれど隣家の間を北風が通り抜けるところ!!今年の冬は格別寒かったし、北風が強く吹く日が何日もあったではないか!!そうだったのか、同じところに植えたらまた同じ結果になるわけだ。
 かくて、もう少し温かくなってから別の場所を選んで定植をすることにして、掘り始めた穴は埋め戻すことにした。
 細い幼木ながら花いっぱいのミモザを、鉢植えのまま、毎日部屋と軒下と風当たりをみながら出し入れしている。
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2017年02月19日

大作曲家の死を悼む

 昭和の歌を懐かしんだ途端、船村徹の訃報に接して驚いている。もとより、その人となりを語る任ではないけれど、数多くのヒット曲を生み出した昭和の大作曲家の一人として、船村節は耳に焼き付いていて、その何曲かは愛唱歌でもあってみれば、文字通り、大きな看板が音を立てて崩れ落ちたようなショックを受けている。
 昨夜のNHKラジオ深夜便では、急きょ追悼番組を組んで名曲の数々を放送していた。
 何と多くの名曲を残してくれたことか、何と多くの歌い手の才能を引き出したことか。
 謹んでご冥福を祈ります。合掌
 
 追而 願わくば、ちあきなおみがこの際、恩師の葬儀に姿を見せてくれないものかと、不遜な思いが湧いてきて・・・
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2017年02月17日

”連絡船の唄”のこと

 最近、TVの歌番組はすっかりBSに移行した感があるけれど、たっぷりと時間をとってくれていて、昭和の歌がきけるのはありがたい。50年前の歌でも60年前の歌でも、テロップで歌詞が流れさえすれば画面の歌手と一緒に歌える。サビのところでは一段と声を張り上げて歌い出し、歌手ににらまれそう。
 先日、”連絡船の唄”を二人の女性歌手が歌ったのをきいて、久しぶりに菅原(都々子)節をききたくなりYou Tubeで検索した。
 ステージで歌う数年前の自分の映像をみて、番組に出演しているはめ込み映像の本人が恥ずかしそうにしている。可愛らしいおばさんになって元気そう。
 よくぞこんな歌い方(失礼?)をする歌手を、門前払いせずにデビューさせたものだと感心する。誰にも真似のできない声と歌唱法があって数々のヒット曲が生まれたのだから、時の関係者の英断には大きな拍手を送りたい。
 
 心に染み入る歌声に、連絡船はいつまでも港に着けず出もやらず女心を捨てて行くばかり・・・
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2017年02月16日

ふ〜n

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 野の道の畔にあって、群生で見る花だけれどレンズでそっと分け入ると、一輪お澄まし屋さんがいてこちらに小首を傾げる。大好きな青い花のひとつ、オオイヌノフグリ。名前からは想像もできない可憐な花だ。
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2017年02月15日

光と影

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 北風は冷たいけれど、陽射しはもう春のもの。陽だまりの温かさがありがたい。
 粉茶のガラスの容器が空いたので、資源ごみに出そうとして、ふと手が止まった。春の陽光に緑の影が美しい。また、小物のストックが増えそう。こんな可愛らしいものをどうして捨てられましょうや!?
posted by vino at 13:00| Comment(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする