2005年06月30日

徒花(あだばな)の如くに

 先年、山採りしたウメモドキを6本、株立ち風に寄せて植えている。ウメモドキには、雄株と雌株とがあって、夫々沢山の花を咲かせるが、雄株には実は付かない。植えた当初、気付かずにいて、次の年に花が咲いた時に、手前の3本が雌株、奥の3本が雄株と分かった。それと思って見ると、雄株の方は木肌もやや黒ずんで見える。
 雄株の花は、小さい花柄に似ず、雄々しく蕊が立って、これ見よがしに黄色い花粉をつける。
 雌株の花は、やはり可憐な五弁の花で、真ん中に緑色の球状の雌蕊が一つ、鎮座している。
 いずれも、虫が寄るとも思えないほど小さな花だが、受粉は確実に行われているようで、毎年、枝一杯に大層な実が生る。
 花期が過ぎると、雌株の花は、五弁の花びらが一体のまま、子房を残して、まるで帽子を脱ぐように、すっぽりと抜け落ちる。雄株は花びらを散らしたあとに、小さな球体を残すが、それは結実することはない。単体で見れば、徒花のように見えるが、立派にその役目を果たし終え、潔く枯れ落ちて行く。
 今はまだ、小さな小さな粒々だけれど、晩秋から初冬にかけて、殺風景になった庭を、真赤に色付いたウメモドキの実が、彩ってくれるはずだ。
 
 知人のSさん夫婦には、子供がいない。以前、Sさんの家は、Sさんの両親と4人の弟、それにSさん夫婦、計8人の大家族だった。
 一番下の弟が、子供の頃の病が元で、知恵遅れとなってしまった。両親が亡くなった後は、食事から下の世話まで、Sさんの奥さんが一手に引き受けることとなった。弟を溺愛していた父親の遺言で、施設には入れずに、自宅で面倒を見るように託されたからだ。
 残りの弟たちが、夫々自立して家を出た後は、Sさん夫婦が付きっ切りで末弟の世話を続けた。
 幼い時の呼び名が「ボク」だったから、親類も近所の人たちも、彼を「ボクちゃん」と呼んで気遣ってはくれたが、結局は寝たきりとなり、50歳の誕生日を待たずに亡くなった。
 四十九日の法要の席で、「嫁に来て35年、わたしはSの親兄弟の面倒をみる為に嫁いで来たみたい」と、憔悴しきった顔で、奥さんが苦笑しながら呟いていた。
「子供を産む暇もなかった。でもね、これで肩の荷が下りたとは思いたくないの。だって、そう思ったら、わたしの人生何だったのかしらって。唯一度の人生だから、徒花みたいに終わりたくないの」  
 
 一周忌の法要を済ませた後、Sさん夫婦が離婚した。
 Sさんの奥さんだった人は、今、隣町にある介護福祉の施設で働いている。
「望まれただけの人生なんて、空しいでしょう。これからは、わたしの望んだ人生を生きたいの」。
 久し振りに会ったその人は、顔色も良く、活き活きとしていた。
 Sさんにも久しく会っていないが、別人のように老けてしまったと、人伝に聞いた。
 
 男にとって、高齢になってからの離婚は辛い。花のように、潔く枯れ落ちるというわけにも行かない。
 
 他人事ではないのである。
posted by vino at 15:47| 庭には・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月29日

塵も積もれば...

 市立図書館を利用する「図書館利用者カード」を紛失してしまった。
 あまり持ち歩くものでもないから、車の中か着替えたジャケットのポケットにでもあるだろうと探してみたが見当たらなかった。次の返却日までに、まだ間があるので、そのうち出てくるだろうと思っていたが、とうとう当日になっても見つからない。
 銀行のキャッシュカードと同じ大きさで、やはりプラスチックの板に磁気のラインがプリントされている。

 着替えをする度に、シャツやズボンのポケットの中身を出すように、家人から言われてはいるが、なかなか守れないで、よく小言を言われる。
 ハンケチや眼鏡拭き、買い物をしたレシート、財布は持たない主義なので、小銭や、時に紙幣などなど。洗濯の都度、一々ポケットを改めるのは小面倒な作業だと言う。
 子供たちが家にいた時は、毎日の洗濯物も結構な分量になったから、尚更だった。
 いつだったか、家人が洗濯機のスイッチを入れてしばらくして、中のドラムが回転し始めた途端、ガラガラガラッ! と、けたたましい異常音がして、慌ててスイッチを切ったことがあった。
 ドラムを外してみると、大型のゼムクリップが、ドラムの排水の穴から飛び出していて、リブのある底板に当たって猛烈な音を立てたらしい。前日、仕事の打ち合わせで見た書類に付いていたものだ。
 この時も、家人の苦言は厳しかった。
 再度、車のダッシュボードを探したが見つからない。小さなダッシュボードにも色々なものが詰め込んである。この際とばかりに不要なものを整理したら、スーパーのビニール袋が一杯になってしまった。
「塵も積もれば何とやら」とは、よく言ったものだ。「貯まらないのはカネばかり」とも言うのかしらん。

 返却日、図書館の受付で事情を話すと、ノートに、氏名と電話番号のほかに、生年月日まで書かされた。生年月日とは大袈裟なと思ったけれど、本人を確認するキーワードになっているのだそうだ。「これをお使い下さい」と係りの女性が差し出したのは、黄色い堅紙のカードだった。
「しばらくこれを利用していただいて、6ヶ月して出てこなければ、再発行します」
 そういえば、分厚い受付ノートも、当方が記入した頁は終わりに近かったから、紛失届けは数多くあるものとみえる。
 置き忘れも多いので、その都度再発行して対応していたら限がない。数がまとまれば、磁気カードの経費も馬鹿にならないのです、と言われた。
「イエローカードですね。2枚になるとレッドカードで入場禁止ですか?」と聞いたら、係りの人は吹き出していた。静かな館内を気遣ってか、口を手で被って顔を赤くして笑っていた。
 左手薬指のプラチナの指輪が眩しかった。

posted by vino at 16:45| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

交差する時間 V

プリズムによってゲル化された涙が

 トワイライトブルー色に揺れている 

蛍光体を孕んだ足跡が

 浮かんでいる脳漿に

サワサワシワシワ波動が湧いて

掴み損ねた交感神経が

 震えている

極まりの時

青い稲妻を食べているのは

 わ・た・し 
posted by vino at 13:19| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月27日

心の歌 Amazing Grace その4

 先住民チェロキー族は、東部のアパラチア地方からミシシッピー川以西の地に追われる。1975年、オクラホマ州タークレアに自治権を得、独自の法律、国歌を制定している。歌詞は彼らの言語で独自に作られたものであるが、そのメロディーは、Amazing Graceそのもの。
 東部から西部への長い長い道のりは、The Trail of Tears 涙の旅路として、代々語り伝えられている。
 
 ちなみに、英和辞典を引くと、“trail”には、第一に「引きずった跡」という訳語が出てくる。決して平坦ではなかった野山や原野を、苦労しながら踏み分け進む、彼らの重い重い足音が聞こえてくるようだ。
 以上見てきたように、Amazing Graceは、アメリカ各地で、民族、種族を越えて歌い継がれている、「心の歌」となっている。

 IさんのコーラスグループのAmazing Graceが、今年も、聞く人の胸に届くことだろう。
 
 ♪ Amazing Grace! how sweet the sound

That saved a wretch like me!

I once was lost , but now am found ,

Was blind , but now I see.


(4回に分けてお届けした、Amazing Grace 物語は以上で終わります。最初にお断りしましたように、TV番組のナレイションの聞き取りメモですから、舌足らずな、尻切れトンボのような要約になってしまいました。お詫びします。
 お読みいただいた皆さんも、是非一度、Amazing Graceを聴いてみてください。)
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2005年06月26日

心の歌 Amazing Grace その3

「コロンビア・ハーモニー」という賛美歌(1829)のなかの、セント・メアリーとギャラハーという歌のメロディーはAmazing Graceのそれに良く似ているので知られる。
 アパラチア地方で採譜された同地方のフォークソングがそれらの元歌と考えられる。
 東部ディキソンという町は、イギリス系やオランダ系の移民の多いところであるが、特にスコットランド系アイルランドScotch Irishの民謡の一つにもメロディーが良く似ている。
 ディキソンの教会では、今でも、家族ごとに祭壇に上って歌を歌う。教会で開かれた食事会での交流や頻繁に開かれた歌の会などで、賛美歌と民謡が融合して行った。
 19世紀中頃、南北戦争で北軍が勝利すると、奴隷が解放された。綿花の集散地(港)であったメンフィスには、多くの黒人たちが港湾労働者として移動し、彼らの移動に伴って、Amazing Graceが広まって行った。
 メンフィス出身のエルビス・プレスリーは、Amazing Graceにより、グラミー賞を受賞している。彼は、黒人の歌うリズム&ブルースに夢中になる。しかし当時、黒人の歌を公然と聞くことは出来なかった。教会に通って、黒人たちの歌、特にゴスペルに傾倒して行った。

 ♪I once was lost, but now am found;

(以下次号へ続く)

追記:Amazing Graceのメロディーを知りたい方は
   Amazing Graceで検索すると、BGMで聞くことが出来ます。
posted by vino at 07:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月25日

果実酒を仕込む

 梅雨の晴れ間はありがたい。今日は果実酒を2種仕込む。

@ フサスグリ酒
  
  フサスグリ 200g
  氷砂糖   400g
  ホワイトリカー 適量

A 梅 酒

  青 梅   1kg
  氷砂糖  500g
  ブラヴァン  適量
  (ブランデー・ベースリキュール)

 リキュールのパッケージには更に、コーヒー豆、紫蘇の葉、レモン、バナナ、セロリなど11種の果実酒が紹介されていた。
 コーヒー豆は初見参ながら食指が動く。早速試してみたいと思っている。紫蘇は、毎年スギ花粉に悩まされるので、特効があるという紫蘇ジュースを作る予定。
 先日ホームセンターを覗いたら、果実酒コーナーが特設されていた。大小様々な広口瓶が陳列されていて、何組もの家族連れが、買い物籠一杯に買い込んでいる。
 果実酒は、出来合いのリキュールを使うので、酒やワインを仕込むのとは元より訳が違うけれど、少なからず果実の収穫に預かって、夫々の家庭独自の味の酒を期すると思うと、こちらもワクワクした気分になり、大振りの瓶を1ヶ余分に買ってしまった。
 イヤナニ、秋には花梨酒を試したいのでその準備。嬉しいことになると、気が急くこと急くこと。 ズラリと並んだ果実酒の瓶を眺めながら飲むビールは、一味違うだろうなあ。
 今日は早めに一風呂浴びます。それでは御免!
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心の歌 Amazing Grace その2

 ニューオーリンズ市内のチューレン大学の資料庫にある記録によると、Amazing Graceの作詞者は、ジョン・ニュートン(1725−1807)である。彼は奴隷商人として、奴隷を運ぶ船の船長をしていたが、或る日思うところあって教会の牧師へと転身した。
 18世紀の中頃までの120年間で、380万人の奴隷が、アフリカからアメリカに運ばれたと言われる。
 奴隷たちは、このAmazing Graceの中の、罪を償う歌詞に引かれたのだろうか。
 彼らは、農場の片隅に設けられた小さな教会で歌う賛美歌を通して、キリスト教に触れて行った。 
 農場主が、むしろ奴隷たちにキリスト教が広まるのを黙認したのは、神の導きにより、なお一層従順に働くようになるだろうという思惑があったからだ。
 しかしAmazing Graceは、奴隷たちに、身体は拘束されても心は解放され自由だと言うことを教えた。彼らは罪の償いとは別のメッセージを受けていた。歌詞の中の“wretch”は、「卑劣漢」という他に、「哀れな人」という意味があり、彼らは自分たちをそのように捉えていた。辛い仕事に耐えられなくなった時、Amazing Graceを歌った。元は償いの歌であったが、「哀れな人」と読み替えることで、黒人たちの心の歌となって行った。

 ♪That saved a wretch like me

(次号へ続く) 
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2005年06月24日

心の歌 Amazing Grace

おじさんコーラスグループを率いるIさんから電話を貰った。今年もまた発表会を前に、猛練習に入るとのこと。
 Iさんのコーラスグループは、アメリカのバーバーズ・ショップの認証を貰っていて、文字通りお墨付きの楽譜を使用している本格派なのだ。グループの平均年齢は60歳を超えているが、皆溌剌として元気そのもの。何年か前に、ハワイへ行って歌ったときは、年配のアメリカ人が涙を流しながら握手を求めてきたそうだ。
 発表会の最後に歌う歌は、Amazing Graceに決めている。

 数年前、NHK・BS『地球に好奇心』と言う番組で、このAmazing Graceの特番を放送したことがあり、ナレイションを夢中で採録したのを覚えている。
 今日から4回に分けて、その時の聞きかじりメモから、Amazing Grace物語を紹介したいと思います。聞き書きだから、拾い漏れもあり、前後不順もありするが、大略はご理解いただけると思います。

♪Amazing Grace how sweet the sound

(次号へ続く)

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2005年06月22日

交差する時間 − 石への語らい〜愛しのセシルへ

 職業は?
  石を集めてる
 集めてどうするの?
  研究する
 何を?
  何が分かって何が分からないかを
 分かってどうするの?
  生きる証に
 石って面白い?
  石は雄弁だ
 石は無口だわ、硬く口を閉ざしてる
  石は雄弁さ、実におしゃべりな奴
 何故分かるの?
  石は自由だからさ
 愛してるのね
  石は愛せない、唯語り合うだけ
 見て!
  見てるさ 
 わたしぢゃない、石を!石が今笑ったわ
  時々ね
 石は知ってるのかしら?
  昔、石は神の従僕だった
 今は?
  見捨てられてる
 石に教わるものがなくなったから?
  石は従順過ぎた、人が傲慢過ぎた
 どうすれば良い?
  黙って!!石が始める話を聞こう
 ええ、良いわ...静かね
  静かだ


  
posted by vino at 17:46| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月21日

或る一日

 1ナンバーのワンボックスカーが、エンジン音を轟かせて我が家の玄関先に横付けになった。
 今日は、先日の中学校同窓会コンペに参加予定が日にちを間違えて欠席してしまったN君と、会の幹事役H君と三人でセルフ・ゴルフをする。
 当初四人のメンバーを組んだが、昨日になってS君から「痛風が出たのでゴルフは無理」と連絡がありドタキャン。同君にコーチ役を頼んでいただけに残念だが止むを得ない。

a.m.9:54 スタート。降らず照らずのゴルフ日和。気の置けない仲間とだと気張らずに出来る所為か、OUT48。
p.m.12:45 INスタート。
 残り3ホール目で、遠く雷鳴が聞こえ始まる。
 NO.16 N君が下りの長いパットを捩じ込んで、我がパーティ、本日最初のバーディ。日に焼けた顔に白い歯が光っている。パートナーとしても嬉しい。H君と惜しみない拍手。
 雷鳴近付く。
 最終18番。左ドッグレグのパー5、ロングホール。何も考えずに振り抜いたドライーバーショットが、左側の池を越えてベストポジション。スプーンで打った第2打がグリーンエッジ。「2オンならずか!」などとほざきながらサンドウェッジで1ピン内に寄せて、何と最初で最後の、バーディ。IN47。
 ホールアウトしてクラブハウスに向かう途中で、雨がハイゼンと落ち始める。振り返ると、先程のグリーン上に水飛沫が上がっている。

 N君とは、中学卒業以来、40数年ぶり。湯に浸って汗を流しながら、旧交を温める。当方より小柄なのに、山男らしく、筋骨逞しい。N君は3日後、10日ほどの日程で、鳥海山、月山でスキーをした後、青森の八甲田まで、長距離ドライヴ行だそうだ。そういえば、今朝方相乗りさせてもらったワンボックスカーの後部座席には、畳敷きのベッドが設えられていて、冷蔵庫も完備。元々キャンピングカーではないが、水廻り設備がないだけで、一通りの生活道具一式を積んでいた。「これで2週間程度なら十分野良生活が出来る」と笑っていた。当方もワンボックスカーを駆っての瘋癲の旅が、長年の夢。先を越されたようで悔しいので、黙っていた。

 帰途、東の空に大きな虹が掛かっていた。
 N君の道中の安全を祈って、握手をして別れた。
posted by vino at 17:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月18日

田んぼの田の字

 ホンの手慰みです。
 種も仕掛けもありません。
 マッチの棒を4本使って、田んぼの「田」の字を書いてください。
 マッチ棒は、折っても曲げてもいけません。
 では、どうぞ!
posted by vino at 17:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

音・おと

 NHKラヂオのFMで、久し振りに、ニーナ・シモンの歌声を聴いて痺れてしまった。随分昔の話になるが、友人から借りたLP盤を、何回も何回も聴いて、終いにはノイズが出るほどになってしまい、後々まで文句を言われ続けた。その盤は絶版ものだから悪いことをしてしまったという覚えがある。
 今なら、すぐにMDなどにダビングしたりして、何枚でもバックアップを作れるし、第一、回数多く聞いたからといって、取り扱いさえ間違わなければ、音源が劣化することもない。
 でも、息を殺して、盤の上に針を置く時の緊張感と期待感は、アナログ時代の良き思い出でもある。

♪It makes me glad you gonna have things that I never had

 独特のしわがれ声で、優しく包むように歌う   “Brown Baby”。
 子守唄のような、賛美歌のような、心に染み入る、Oskar Brown Jr.の名曲だ。 

 同じく、NHK・FMに『音の風景』という番組がある。(毎金曜日、a.m.10:55〜11:00)
 5分番組だから、大上段に振り被ったテーマがあるわけではない。音を通して、全国各地の田園風景や山々の佇まい、漁村の暮らし、街中の路地裏、離れ島などでの人々の生活ぶりが、さりげなく、音で綴られる。「音」を置いてゆく感じだ。
 淡彩のスケッチ画を見るような寸景の中に、鳥の鳴き声、川のせせらぎ、岸に打ち寄せる波の音、土地土地の方言を聞く。地元の人同士の遣り取りに混じって、子供たちの笑い声が弾ける。
 音の数は決して多くはないけれど、豊かなイメージを喚起させてくれる。
 音の世界に馴染むと、昨今のTVで流される、どぎついギャグや映像には付いて行けなくなる。楽屋落ち話、仲間内の演芸会そのものと言った番組が多過ぎる。
 人は、TVという映像媒体を得て、果たして幸せになれたのだろうか。 
 似非体験に幻惑されて、とてつもない大切なものを失いつつあるように思う。

 ♪It makes me glad you gonna have things that I never had

「私」が持つことのなかったもので、「あなた」が得るものとは、一体何なのだろうか。
 この歌の歌詞が、われわれに対する挽歌にならないように、時には、静かに、音に耳を澄ませたいものだ。

「そうですよね、Dr.Nina Simone」
posted by vino at 11:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月16日

鬼の持つ筆

 満開を誇っていた山法師の装飾花が散ってしまった後には、丸い総花体がそのまま実になって、枝の先からツンと伸び出している。まだ固い緑色の果実が、やがて赤く熟すと甘くて美味しく食べられる山の幸となる。
 フサスグリの実も、元成の方から赤らんできている。薄い桃色に変わり、次第に真赤なルビーの宝玉になると、食べ頃。今年は果実酒にするのに十分の数、実を付けてくれた。
 団栗は、春に花の数で数えたよりも数段多く、実を付けているのが分かって喜んでいる。花が落ちてからそれらしい兆候が見られず、しばらく気を揉んでいたが、爪楊枝の枕ほどになって気付いた実が、しっかりと成長を続けて、今は3,4ミリはあろうか。秋に、栗色に色付く頃までずっと被っている帽子も、それと分かる大きさになった。独楽にして遊ぶ時の先の尖がりは、花房が落ちた跡で、言ってみれば団栗の臍の緒が取れた跡。
 蜜柑の実も、順調に脹らんでいる。花弁が落ちた後、ふっくらとした子房がそのまま緑色を帯びて、見る見る大きくなり、すでに5ミリにもなっている。柚子肌というけれど、早くも蜜柑の皮には凹凸も現れ、何やら成長期のニキビ面に似て微笑ましい。

 先日、友人と飲んだ行き付けの居酒屋の壁に、店の主の手になる肉太の書が数枚、掲示してあった。

 その一枚に曰く

 花は 縁に開き
 実は 恩に結ぶ
 
 説教好きで知られるその店の主は、客と酒を酌んでやり取りしている時に閃いた文言を、即座に書にする。その時決まって呟く言葉がある。
「墨は餓鬼に磨らせ、筆は鬼に持たせよ。ってか」
赤らんだ顔に汗を光らせて、たっぷりと墨を含ませた筆で一気に書き上げる。習った手ではないから、トメやハネ、それにハライは怪しいけれど、柔らかい丸みのある書体が文言に合って、薄暗い裸電球の灯った店内では、結構それらしく見えてしまう。

 我が家の庭木も、夫々花の時を終え、実を結び、次の世代が静かに育っている。

 一遍上人の歌を引く。

 さけばさきちればをのれとちるはなの
    ことはりにこそみはなりにけれ
  
 
posted by vino at 14:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月15日

黒い青春 その2

 M市の駅前にある、名曲喫茶「ブルボン」。真ん中の四人掛けのテーブル席、Nさんの指定席に案内された。市内でも、いち早く大型のハイファイオーディオセットを設置して、クラッシック音楽の愛好家に評判の店だった。スピーカーの音が一番良く共鳴するところで、この席が塞がっている時は、Nさんはサッサと店を出てしまうそうだ。
「日によって、無性にピアノが聴きたい日とヴァイオリンを聴きたい日とがあって、今日はヴァイオリンの日」と言って、手にしたLPのジャケットを見せてくれた。表には、「モーツアルト作曲、ヴァイオリン協奏曲全集」と骨太のゴシック体が踊っており、裏面には細かい字でビッシリと、曲の解説文が書かれていた。
「持込のレコードは、針が傷むからお断りなんだけど、この店専用で他では掛けない約束で店のマスターに直談判してやっと...」つまり、Nさんが自前で買ったものを店に預けてあるものだという。これには後日談があって、発売と同時にNさんが先を切って買ってしまったために、先を越されたマスターが臍を曲げて、店のストックとしては買うのを止めてしまったものらしい。クラッシック音楽に一家言持つ人だけに、プライドが傷ついたのだろうとNさんが笑っていた。

「アイツにも、この店でこんな風にしていて会ったわけさ」そう言って片目を瞑ると、スピーカーから流れ始めた、協奏曲第一番、K.207の第一楽章、アレグロ・モデラートに耳を傾けるように椅子に沈み込んだ。この手の店では、曲が流れている間は声高な会話は出来ない。仕方がないので冷めかけたコーヒーを一口飲んで、こちらも目を閉じて聴き入ることにした。

 Nさんは、高校一年の秋、町一番の売れっ子芸者、K子と同棲を始めた。小さな町だけに、夜の世界ばかりでなく、町中の評判になった。
 Nさん十六歳、K子二十二歳。
 
 Nさんの話。
 或る日、この店で何時もの様に音楽に聴き入っていると、突然隣の席で、物の割れる音がした。

(次回以降へ持ち越し)
posted by vino at 11:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 掌編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月14日

すべて世は事もなし

 子供の勉強部屋にと建てた三坪のプレファブを、山小屋風に仕立てて、当方の遊び部屋にしている。屋根や雨樋は、専門職の板金屋さんに頼んだが、外壁、室内の天井、壁そして床板はすべて自分で張り回した。外壁は桧の下見板、天井は桧の縁甲板、壁は杉の本実、床は米桧の縁甲板。
 いずれも節有りの値頃品を、知り合いの材木店から、さらに安く分けてもらった。
 宅地の西側、土留めの擁壁の外側は1,5bほど低くなっていて、菜園との間に僅かな空き地がある。そこに、小屋続きで高床式に、1,5間×2,5間のウッドデッキを出した。これが快適この上ない場所となった。
 
 遠く西側には、小高い山に囲まれて二本の谷筋が走っている。冬には南側の谷筋に、夏は北側の谷間に陽が沈む。春分と秋分の頃には、真ん中の山陰に大きな夕陽が落ちてゆく。大仕掛けの日時計を見るように、季節の移ろいと共に、正確に太陽が位置を替える。デッキに腰を据えて、飽かず夕景を眺める。定期便のジャンボ機が、夕陽を浴びて北から南へと滑るように飛んで行く。
 
三千b級で最初に登った山が、南アルプスの仙丈ケ岳だったので、小屋の名前を「仙丈庵」と名付けて一人悦に入っている。
 多寡だか六畳一間の占有空間だけれど、書物や趣味の道具類に埋もれて一日を過ごす。
 小屋の東側は、母屋とL字型に囲まれた庭に面していて、木立越しに朝陽が射し込む。木立などと言うと大仰な物言いになるが、山法師、辛夷、椚や小楢等の雑木類ばかりだ。
 苔庭は、小屋の犬走りの先に、山吹、躑躅、ナナカマド、隠れ蓑、藪手毬、木賊、薄、ドクダミ等に囲まれ、小体ながらも一端、趣のある空間を作っている。苔に遊ぶ木漏れ日が、苔の緑を引き立たせている。
 西の夕景といい東の朝陽といい、机の前の回転椅子を180度廻せば、まるで別世界が広がる。
 音楽は、小屋を留守にする時にも流しっぱなし。勿論数日に亘る時には、電源を抜いて出掛けるが、数時間の外出ならばそのままにして行く。
 住まいは人に馴染むというが、それは住む人の住まい方によるわけで、無人の小屋にでも音楽を流しておけば、音楽が染みて独特の好ましい雰囲気が醸し出されるように思うからだ。
 数年前、娘が結婚して家を出た後、一週間ほど、家の中の空気が希薄になったようで、呼吸が苦しくなって困ったことがあった。酸素や何やと一緒になって空気の成分の中に、娘の何かが重要な成分として溶け込んでいたに違いない。家族とはそういうものだと、痛感させられた。寂しさもあって、その間、食事が喉を通らなかった。

 小さな空間に流れる時に身を任せていると「すべて世は事もなし...」に過ぎて行く。
 狭くなりがちな視野を現状維持に保つのが、当面の課題だ。
posted by vino at 11:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月12日

十匹の蓑虫

 朝起きて庭に下りると、軒端近くに植えた山法師の花が、三つ四つ、細枝を付けたまま落ちている。犯人は分かっているのだが、姿が見えない。見上げても、山法師の満開の白い花が、空に溶けて眩しいばかり。 
 先日、椚の木に宿る蓑虫を見つけ、その驚くべき生態の一端を目の当たりにしたところだが、細枝の噛み跡が、まさにその時のものにそっくりなのだ。
 何故、蓑虫は細枝を噛み切るのか。それは自らを装う為なのだ。繭状の巣の外側に、2、3aに噛み切った細枝を、まるで鎧の縅のように、何本もくっ付ける。かくて、彼の擬態は完成するわけだ。あとは、枯葉か枯れ枝の如く、静かにぶら下がっている。
 
 擬態。「@あるもののさまに似せること。A動物の形・色・斑紋が他の動植物または無生物に似ていること。シャクトリムシが枝に似る類。」(広辞苑)
 昆虫図鑑を見ても、天敵や鳥の目を欺く為として、擬態が説明されている。上記のシャクトリムシもそうだし、沖縄地方にいる蛾の仲間の翅の紋様は、大きな目をしたフクロウの顔にそっくりだ。
 此処で不思議なのは、誰の目から見た擬態なのかと言うことだ。天敵や鳥の目と言うなら、虫たちはどうして彼らの見様を知ったのだろか?「このようにしたら、僕たちの目を欺くことが出来るよ」と彼らから教えてもらったのだろうか?ずっと昔、ご馳走になりながら生贄への最後の慰みとして、彼らが秘密を暴露したのだろうか?
 人間のように、鏡という道具があれば、吾等が女性軍の如く、如何様にも化けるのは容易なことだろうし、周りからの忠告・助言も参考にすることが出来るだろうが...
昆虫たちも何時の日か、寄り集まって知恵を出し合い、お互いに批評し合いながら今の姿形を得たのだろうか。そうでなければ、神の仕業としか思えない巧みさなのだから、驚いてしまう。
 ここ数日、脚立に昇って、山法師に宿る蓑虫探しをした。下から見上げた時は枯葉と見えたものが、大小9匹、あちらの枝こちらの葉裏と風に揺られてぶら下がっている。
 上記の如く、蓑虫の擬態を神業と信じている当方は、神意に背くわけには行かない。害虫として捻りつぶすことに逡巡してしまう。止む無く、椚の木に宿移りをしてもらうことにした。元々いる牢名主は、椚の天辺の葉裏を占有している。縄張り争いをしないようにと、枝の一段置きに葉の上に乗せてみた。半日もすると、彼らは全て、一様に葉裏に取り付いて、風に揺れている。わが庭の椚の木は、突然、10匹の蓑虫の雇い主となってしまった。今のところ蓑虫たちから、不平不満らしい声は聞こえないので、このまま様子を見ることにした。迷惑なのは椚だろうが、神の使徒をお迎えしたと思えば、許してくれるだろうと思っている。
 最下段の枝についている「落文」に、その後変化は見られない。
 
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2005年06月10日

黒い青春

       T
 コーヒーはブラックと決めている。これは別に、大上段に振り被って言うほどの事もないが、知り合いの中には未だに「ブラックですか、通ですねえ」などと言う朴念仁がいて困る。「わたしは白いご飯が好きです」と言ったら、人はやはり「通ですねえ」と言うだろうか。
 何も加えない方が、本来の味が味わえる上に、何よりその方が美味いと感じるからそうしているまでのこと。
 第一、日に4、5杯は飲むコーヒーに、一々甘味料やらミルクやらを入れるわけには行かない。医者から減量を勧められている身にとっては、代わりに何かを犠牲にしなければならない。家人は、一もにもなく「アルコールで調節しなさい」と言うに決まっている。
 ビールはサッポロ黒ラベル、シェリー酒は、エミリオのアモンティリャ-ド20年もの、と並べると、なにやらブラックめく。

 昔は随分無茶のみをしたものだ。
 外国人が屯するクラブが併設していたカウンターバーに、なけなしの金を叩いて通い始めたのが酒飲みの始め。クラブから流れてくる外国人女性たちを眺めながら、カウンターの暗い片隅でショットグラスからウィスキーを舐めていた。笑い戯れる彼女たちの嬌声が、今も耳の底に残っている。
 思えば暗い青春時代だった。人生を色分けしてみれば、黒の時代。出口のない青春を持て余していた。青年と言い青春と言い、青に彩られているはずなのに、今にして見えるのは、トワイライトに浮かぶ黒い影。
 しかし、下を向いてばかり過ごしていたわけではない。人並みに、熱く燃える火の玉を心に抱いていた。火の玉の扱いに戸惑いつつ、見えない明日に向かって我武者羅だった。何時も鼻息荒く、身体はオーバーヒートしていた。
 その頃知り合った一年先輩のNさん、5歳年上のTさんが、人生の先達だった。二人は、青春を謳歌する寵児の如く、眩しく光り輝いて見えた。二人の心に澱む暗闇は知る術もなかった。

(次号以下に持ち越します)
posted by vino at 18:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 掌編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

近未来の虹

cultyさんのコメントで、不図考えた話。

近未来の物語。

@ お互いの名前をログインし合ってから会話を始める。
A お互いの顔をスキャンし合ってから会話を始める。
 
 心を通わせ合うことを忘れた人間は、コンピュータのボタン操作のマニュアルのみで生きて行く。

 考えただけで寒気を覚える光景だが、携帯電話の使われ方を見ると、決して空想譚ではないような気がする。

 当方の好きなグラフィックデザイナーの一人に、ジャン・ミッシェル・フォロンがいる。
 矢印や数字に翻弄される、おぞましき人間の群。
 膝を抱いて丸くなって、宇宙空間を漂う孤独な男たちの群。
 色々なバリエイションで描かれる、文明への痛烈な諷刺画の数々。
 しかし彼は、常に、空に掛かる夢の橋、虹を忘れなかった。大地を潤す七色の川を幾つも幾つも描いた。人間への賛歌を歌い、再生を信じて描き続けた。
 デジタル化に邁進し続ける時代に、「虹」や「賛歌」や「七色の川」、そして「再生」は不要なのだろうか?

 立ち止まって振り返れば、見えるものもあるはずだ。望むならば...

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2005年06月08日

楽しきかな、苦しきかな

 中学時代の同窓会ゴルフコンペに参加する。
 
「至極簡単」「真直ぐ」「ピッタリ」「ドローボール」「フェードボール」「美しい」「楽しい」「気分爽快」
 以上は、一緒に回ったオフィシャルハンデ、シングルプレーヤーの後ろから付いて回った当方の感想。

「至難」「右左」「あちらこちら」「フックボール」「スライスボール」挙句O.B.「見るに耐えない」「冷や汗」
 以上は、当方自身のプレイを鳥瞰してみた図。

 パソコンで遊ぶ時間を、少々、素振り・打ちっ放し練習に廻さなければと反省するも、これが何時も三日坊主で終わってしまう。
 でも毎回B.B.メーカーでは情けないなあ。
 コンペの名前は「誉会」だ。当方の誉れは何時訪れることやら。
「努力しない奴に限って愚痴が多い」とは昔から口の悪い友の弁。ゴメンナサイ。
 
 中学時代の友は殆どが小学校からの幼友達でもあるが、集まったメンバーの中で、40数年会っていなかった級友二人の顔と名前が結びつかなかった。街中で会ってもお互い知らぬ同士という位変わってしまっていた。でも、思い出話をしているうちに表情の中に昔の面影が浮かんできて、懐かしさも一入だった。
 幼友達と旧交を温め合ったのが、本日の収穫。
 
 手足の筋肉が、悲鳴を挙げている。
 最近、運動した後の筋肉痛は、一日置いて二日目、悪くすると三日目に襲ってくるようになった。
身体の反応もそれだけ鈍くなって来ているようだ。
桑原、くわばら...

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2005年06月07日

交差する時間 U

 
 吹き行く風の後姿。

 時の行方を指差する懊悩の数々。

 時の刻みを拒んでは息を切らした日々。

 アー何時の日も口中に含んだ砂粒の如
 
 時は逝った。

 帰去来。

 何処(いずこ)へ。

 帰去来。

 何処へ。

 吹き渡る風の無愛想を罵っても

 詮無いこと。

 風の行き交う場所に

 時は潜めいて息衝く。

 何(なに)となく 更に 何となく。

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2005年06月05日

指 運(ゆびうん)

 市民囲碁大会。五戦全敗。
 惨憺たる成績に、却ってサッパリした気分だ。(勿論、負け惜しみも半分あるが...)
 Aクラス戦でも、当市の大会は、ハンデ戦。二段違いで二子の手合いとなる。一段違いは、下手の定先。
 七段三人に三子局、八段二人に四子局。中には一手違いで、あわや、という手合いもあったけれど、敵もさるもの、結局、態良く余されてしまい、敢え無く敗退。
 このところ、パンダネットの対局でも勝てない。スランプと言えば聞こえが良いが、勝ち急いで見落とし、墓穴を掘って投了という対局ばかりで、厭になってしまう。指運にも見放された感じだ。
 今週の山羊座の運勢。「何事も急ぎ過ぎは禁物。焦ると碌なことはありません。ゆっくりと後から付いて行くほうが今週は旨く行きます。」ドンピシャリとはこのことだ。
 当方、運勢欄を見るのが大好きで、新聞雑誌は勿論、ダイレクトメールで送られてくる業界誌紙等でも、掲載されていれば必ず目を通す。書かれている内容を信じるわけではない。唯、読物として読む。
 人様の将来、未来を見通して、簡潔な文章で手際良く纏める文章力に感心する。中には、押し付けがましい箴言じみたものもあるけれど、人生の指針として心に感得させられてしまうことが多い。つまり、含蓄のある文章と言うことになる。多寡だか20文字前後で、ある意味、人を動かし、心をときめかさせる筆力は、只者ではないと思う。 
「短く、簡潔に」これを当方の文章を書く上での規範としているが、道は遠い。
 来週の山羊座の運勢は?
「...」
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2005年06月03日

女性三態

 サイクリングロードを通って、運動公園に行く。先日綺麗に刈り払われたはずの堤防の草が、一月ほどの間にもう膝下くらいまで伸びている。逞しいものだ。

 運動公園の一番奥まった所に、武道館がある。野球場や体育館は、毎日のように何処かのグループで賑っているのに、此処だけは何時も、如何にも武道の館といった佇まいで、森閑と静まり返っている。陽射しを避けて一休みするのに、館の深い庇も有難い。回廊の中央の階に腰を下ろして呼吸を整えると、場所が場所だけに妙に落ち着く。
 今日も、一息入れようとして近付くと、階の柱の陰に、紺の袴姿の女性が一人座っていた。長い髪を束ねて、背中に流している。面長の美しい顔に、木漏れ日がチラチラ。背中の壁には、長い弓が立てかけてある。端然として目を瞑り、瞑想に耽っている様子だ。声を掛けることは勿論、近付くことも憚られる気配に、下ろし掛けた腰を上げて、抜き足差し足、コースに戻った。

 切通しの遊歩道を抜けると、テニスコートがある。此処は何時来てみてもフル稼働、テニス人口は、まだまだ健在のようだ。
 今日も、中年女性のグループが、六面のコートを使って必死に球を追いかけている。 
 あと一歩及ばないで、伸ばしたラケットの先を球が掠めてゆく、あの悔しさは分かりますねえ。
 一番手前のコートでダブルスの試合をしているようなので、フェンス越しにしばらく観戦することにした。と、ネットの向こう側の前衛の女性が、ジッとこちらを伺っている気配。あれ!?そうだ、最近近所に引っ越してきたTさんの奥さんだった。こちらが気付くと同時に向こうも思い当たったのか、帽子に手をやって、チョコンと会釈をくれた。
 試合中ですよ奥さん!案の定、相手にサービスエースを許してしまった。パートナーに一声掛けられている。叱られたのだろうか。気まづくなってしまいコートを離れた。それにしても、テニスウエアーから伸びた脚が眩しかった。

 ランニングコースに戻ると、常連の女性ジョガーが走っている。今日は紺のランニングに赤いトランクス姿だ。陽に焼けた脚が良く伸びている。
 この女性、当方掛かり付けの歯医者さんなのだ。当方がトコトコ歩いていると、荒い息を吐きながら「こんにちは」と肩越しに声を掛けて来る。白衣の時は何時もマスクをしているので、顔の全体は見たことがない。ジョギングの時は大きなサングラスをしているので、これまた顔の半分しか分からない。
 どんなに美形の女優さんの顔でも、あの人の顔半分とこの人の顔半分を合わせても、決して美人には見えないと言うから、この女医さんの顔も合わせ見ることは止めた。半分美人で大いに結構。

 あの女性は如何しているのか知らん。 
 半周余計に歩いて、また武道館に行ってみることにした。すると件の女性が、廊下に手を突いて肩を上下に震わせている。さては、瞑想中に余程悲しいことを思い付き、感極まって泣いているのかと訝って見ていると、突然、大きな口を開けて仰け反りながら笑い出した。見ると携帯電話を耳に当てている。
 何と!!
 車内の携帯は迷惑だけれど、こんな所での携帯ってのもなあ。
 百年の恋が一瞬にして冷めてしまった。
 イエ何ね、当方は昔から美人に、それも一寸見の美人にすぐ一目惚れしてしまう癖がありまして...

夜目、遠目、傘の内ってね。
 今は更に「階(きざはし)の上」を加えましょうか。


posted by vino at 16:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ギター教室 第3日

6月2日 雨

「雨の日は、ギターは鳴るんです。でも段々湿気を吸って、逆に響かなくなってしまいますが...]
(雨の日の慕情?)

左手の使い方の復習。
講師の左手の指は、第一フラットから第四フラットまで、均等に綺麗に広がっている。
「フラットには幅があるので、フラット内ならば何処を押さえてもよいように思いがちだけれど、押さえる場所は唯一点、フラットの近くで押さえるように」
ところが、当方の指がいう事をきかない。中指と薬指がくっ付いてしまう。小指?硬直している。講師が手を取って指示しようとしたが、指がギターから離れない。
「力をぬいて!!」
右手m(中指)、i(人差し指)は、なんとかスムーズにアポヤンドが取れている。p(親指)はアライレで。
「考えると混乱するので、身体で覚えましょう」
(成程、何事によらず真理ではあるナ)
「頭の中に、メトロノームの拍数を思い描いて...」
(夜、夢の中で、メトロノームの刻音が聞こえた)

レッスンが終わって、初心者コースの4人が一様にしたことは、背伸びして、腰に手を当て「アー、疲れた」(イエイエ、若い人も混じっていますから、加齢現象では決してありませんぞ!)
珍しく時間内(9時30分)に終了。
雨の中を帰る。

6月3日

今朝起きたら、左手の指の頭が固くなって少し痺れた感じ。このまま固まるのか知らん?そんな甘いものではないらしい。人にもよるが、一度肉刺が潰れて、それから固まるとか。でも、この痛さ、真面目に練習した証拠だ。
次回までの練習課題曲「かっこう」。


posted by vino at 09:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月01日

蜜柑の花が咲いている...

蜜柑の木に、白い花が咲いた。「大文字」の花に似て、縦長の小さな花だが、五弁の花弁がしっかりしている。真ん中の雌蕊も、太く逞しい。
「これから、美味しい蜜柑を提供するわよ」と言っているようで、心強い。顔を近づけると、仄かに甘い香りが鼻を擽る。1b足らずの木に、30個もの花が咲いているので、花が終わったら、いずれ摘果をしなければならない。支柱も立てるようになるだろうか。今から、ワクワクする。
 何時だったか、TVの旅番組で、蜜柑農家の老夫婦の話を放送していた。
 下を見ると怖くなるような傾斜地で、土留めの石垣も丸い野面石だった。一つひとつ積み上げて丹精した蜜柑畑。苦労が偲ばれる。
 しかし、何処も同じ、後継者不足。寂しそうに語る二人の顔の皺が深かったのを覚えている。
 一本や二本、庭木に植えて、花が咲いた実が生ったと喜んでいて良いものか、複雑な気分ではある。当方の庭からは、「思い出の道」も「丘の道」も「遥かな海」も見えない。が、日本の農業の行く末の、心細く、寒々しい光景が見えるようだ。

 蜜柑の木に 蜜柑の花咲く
 何の憂いやある...

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山葵漬け その2

 Nの細君は、M市の駅前で小さなブティックを開いていた。繁盛していたのかどうか、Nはそのことの多くを語らない。何故辞めたのか。Nの収入で何不足無い生活の筈だった。
 Nは、一族の経営している会社の役員をしている。先頭に立って、商売の節目節目に関わり、実力もあり、人望も厚い。結婚をして6年になるが、子供はいない。
 何故細君が商売を辞めたのか。店を閉じて一月と経たないうちに、細君が居なくなったという。
 細君は、ブティックの片隅に皮細工の品々も並べていたが、謂わば委託販売で、それを作っていた女性と細君が、一寸した関係だという噂が立ったことがあった。店を閉めるホンの少し前に、一族の中でも公然とそのことを口にする者もあった。しかし、これが細君の家出とどういう関係があるのか、確たることは誰も知らない。
  
「これ、お土産」
「何だこりゃあ、ぜんぜん方角が違うじゃないか」
「要らなきゃいいんだ」
 桶にしつらえた小さなプラスチックの容器に入った、山葵漬けが一つ。伊豆の温泉地の名前が入っている。細君が居るというT市とは、方角違いも甚だしい。
「実は、会いに行かなかった。仲間の旅行だったんだ」

 今夜は、アイスペールの中に、この山葵漬けが入ることになるのだろうか。 
posted by vino at 16:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 掌編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする