2007年06月30日

交差する時間 - 夏陽

曝板に
暴かれた
夏陽の
屈託は
空いた
節穴に
裏切られた
ため
行き場を
失って
うろうろ
している

posted by vino at 14:27| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

交差する時間 - 鎖

知ろしめす宙(そら)に
沙漏の呟き

「神様の呉れた鎖」が揺れる宙に
充満している
寸断されつくした点と線の戸惑い

万物を徴(しる)す
原始(はじめ)の時などあったのだろうか
今への回帰を印す鎖の輪の揺らぎは
何なのだろうか

個の完結と万物の放恣の玉垂

永遠など展望しないのに
悠久を回顧するもの

知ろしめす宙に
揺れる玉垂
posted by vino at 08:06| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月29日

交差する時間 - 「時」の流れ

木洩れ陽の揺らぐ窓台にある
指一本ほどの砂時計と
一抱えほどの大鋸。

大鋸が刻むギザギザの沈黙。
砂時計を形作っていたガラスが
沈黙を孕んで 共鳴断裂。

砂の粒のザラザラと
陽の光のキラキラと
大鋸の歯のギザギザと。

砂時計から零れた砂粒が
大鋸の歯を渡り始める。
posted by vino at 11:24| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月28日

アーン

 
DSC03278.JPGフサスグリのジャムが出来ました。って、自慢するほどのことはありませんがね。何故って、400gの実と200gの砂糖で、出来上がったのは、270gほどのジャム。裏ごししましたら、殆んどが種と皮で、エキスはホンの僅かでした。
 味は、未だ判りません。ただいま熟成中です。へ、へ、へ。
 え!?アーン、ですか?味は、どう言葉で表現したらよろしいのでしょうか。お裾分けできればとも思うのですが、270gでは小さじ一杯が精々でしょうから、またの機会にということで、ご免下さい。
 でも、でも、色は綺麗ですよ。花梨のジャムで、この色が出せたらと、小瓶を朝陽にかざして眺めています。
posted by vino at 09:10| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月27日

jamで楽しく

 
DSC03248.JPG フサスグリの実が粒ぞろいで、400gほど収穫できた。去年は果実酒に仕込んだけれど、今年はジャムを作ることにした。仄かな甘みと酸っぱみ。自己流も自己流、初体験なのでどうなるか。仕上げはご覧うじろ、だ。
 先日、英和辞典を引いていたら、jamには、いわゆる「ジャム」の他に、会話体の訳として、「愉快なこと」とあり、慣用句で、real jam:とても楽しいこと、と出ていた。
 
DSC03248.JPG だから、家人を誘って(とは勝手な言い分で、砂糖の加減や、裏ごしの仕方などは、家人任せ)いそいそと楽しんで作った。
 さっそく味見をしてみたけれど、ん!?今は内緒。少し、寝かせて、いや、熟成させて、と言えば格好よさそう。
 ついで、先日、「鏡花水月紀」の花がたみさんに教わった「梅味噌」作り。
 味噌、砂糖そして青梅、各1kg。それを、交互に3段ほど、瓶詰めしてゆく。味噌の茶色、梅の緑、砂糖の白が、見事な斑模様になって見えている。これは1週間ほどで変化が現れ、梅が皺しわになれば出来上がりとか。梅はご飯の友になるし、味噌はとろみのあるドレッシングとして楽しめるらしい。
「手前味噌」もそろそろ、溜りの具合を見る頃合。
 いろいろとあっても、real jamで行かなくっちゃあ!!
※ 画像は、クリックして下さい。
posted by vino at 13:29| Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月23日

 当方の庭に南面する、畑を隔てた隣家の犬の鳴き声が聞えなくなった。
 代わりに、今まで聞えなかった里山で啼く小鳥の声が聞えている。
 その犬は、毎朝、4時半を過ぎると吠え始めて、主が出勤する6時過ぎまで吠え続けていた。 
 隣家の母屋から西に、二棟の納屋があって、犬はその納屋の一番西外れの納屋の軒下に繋がれていた。つまり、隣家の母屋からは、一番遠く離れて飼われていたことになり、当方には一番近い位置になる。そのせいか、犬の吠え声は甘え声で、童謡の一節にあるように、ワンワンワワンと調子をつけ、間断なく吠え続けた。納屋の壁に反射するため、増幅された鳴き声が当方には尚更耳障りに聞えてくる。
 隣家のカミさんが、仕方なさそうに散歩に連れ出す10分ほどの間、ストーンと抜け落ちたような静寂が訪れる。
 散歩から帰ってしばらくすると、思い出したように吠え始めるや、そのまま一日中吠え続ける。
 ある日、已む無く、通りかかった隣家のカミさんを捕まえて苦言を呈した。
「犬に、うるさいから吠えるな、とは言わない。お宅の飼い方が悪いのではないか。あのように何時もいつも吠え続けられては、こちらこそストレスが溜まってしまう。善処してもらいたい。」
 すると、カミさんは、ジロリと当方を上目遣いに見て「主人に伝えます。」とだけ言って、そそくさと行ってしまった。

 数日経ったある晩、酒に酔った隣家の主から電話が掛かってきた。呂律が回らない口調で、クドクドと言い訳めいたことを言った。
「うちの家内が酷くお叱りをいただいたそうですね。犬は処分しました。」
「・・・!?」
「犬は処分しました。是でよろしいでしょうか。お知らせします。」
 余りにも理不尽な言葉に、そのまま電話を切った。 カミさんからも主からも、謝罪の言葉はなかった。
 純潔の柴犬だと、自慢していたのを耳にしていたこともあって、飼い主としてのその態度に釈然としない気持ちを引きずっている。
 割り切れない気持ちで、妙に落ち着かない。
posted by vino at 18:17| Comment(4) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月22日

交差する時間 - 雨

僕は泣き虫だから
雨の一粒ひとつぶに
想いを寄せてしまう
雨粒の数だけ
淋しくなってしまう

泣き顔を隠すために
雨の一粒ひとつぶに
顔を打たせている
雨粒の数だけ
悲しくなってくる

僕は泣き虫だから
雨の一粒ひとつぶに
想いを流すことなど出来ない
雨粒の数だけ
重くなる 想い

僕は泣き虫だから
雨の一粒ひとつぶの音を
目を瞑って 聞く
雨粒の数だけ
雨音がする

雨音がする

雨音がする
posted by vino at 20:27| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月17日

交差する時間 - 峠

峠のあちらとこちらでは
匂いが変わる。
それで
犬が憤慨していた
道に迷う、と。

犬は
峠に捨てられたのを知らずに
右往左往して匂いを探した。
きっとあるはずの
己の居場所を探した。

匂いが
彼の出自を証し
同時に
彼を欺いた。

彼には
絶望のないのが悲劇だった。
彼には
希望のないのが喜劇だった。

峠には
ずっと昔からのように
匂いを運んで
風が吹きぬける。
posted by vino at 11:36| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月09日

地図帳

 久し振りで、地図帳を買った。
 最近は、平成の大合併の号令の元、全国あちらこちらで市町村の合併が相次いだ。これによって、約1400もの市町村が消滅するらしい。
 隣接する市町村どころか、自分の住む市でさえ、合併前の町(まち)の字名がそのまま町(ちょう)の名になったため、地図帳を見なくてはピンと来なくなっている。
 が、今回買った地図帳はそれらを確かめるためのものではない。
「中部・東海・北陸道路地図」(昭文社)
 このところ、旧蔵の白洲正子著『十一面観音巡礼』『かくれ里』、森本哲郎著『ぼくの日本十六景』、宮脇俊三著『平安鎌倉史紀行』それに立原正秋全集などを、例によって乱読、併読していて、文章の跡を辿りたくなったのだ。
 書店で手にした時は気にならなかったのだが、記述に従って、神社仏閣や古跡の名前を追ううちに、目がちらちらしてしまう。見ると、縮尺十万分の一とある。
 視力は決していい方ではないけれど、元々近視なので、本を読んだり細かいものを見たりするときには、眼鏡を外す。ところが最近になって、細かい字を見続けると、目が霞むようになった。癪だけれど、つい、傍らの虫眼鏡に手が伸びてしまう。
 買って間のない地図帳なのに、頁によっては、付箋やマーキングだらけ。特に、奈良、京都。そして、滋賀、岐阜、福井、石川と、どんどん広がってゆく。
 十年前の地図帳と見比べて驚くのは、何と言っても高速道路が増えたこと。それに伴って、県道などのアクセス道路が良くなっていること。また、各地で、歴史館や郷土資料館、加えて、美術館や記念館などの文化施設・観光施設が整備され増えているのも目に付く。
 忘れられて、朽ち果て荒れ果て、埋もれていた史跡や個人の業績が顕彰されてきた証拠で、それはそれで喜ばしいことだけれど、人寄せ目的の観光資源とのみ成り果てては身も蓋もない。しかし、訪ねて行って自分の目で確かめなければ始まらないのも事実で、地図帳が盛んに誘いをかけてくる。
 これから、印を付けたうちの何ヶ所を回ることが出来るのだろうか、嬉しくもあり心細くもありで、今日も地図帳を見ている。
posted by vino at 20:43| Comment(2) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月05日

Celtic Woman

 
DSC03225.JPG その声は、天から降ってきた。
  
 見上げると、現しの梁から、二つの木樽が鎖で横向きに吊り下げられ、その樽の蓋の部分に、スピーカーが埋め込まれている。配線は、懐かしの碍子引き。
 木樽のスピーカーが、程よく、澄んだ歌声を共鳴させて、店内に聖霊の気が溢れている。
 店の女主人に訊ねると“Celtic Woman”(東芝EMI)と書かれたCDのパッケージを見せてくれた。

 初めて来た場所なのに、以前にも来たことがあるような・・・
 初めての経験なのに、以前にも覚えがあるような・・・
 デジャ・ヴュ・・・

 戸惑いの中にある、温かい懐かしさ。

 幾多の苦難を乗り越えながら、独特の文化を育んだケルトの民は、哀愁を帯びたメロディーの中に、敬虔な祈りを込めて歌う。
 それは、「アイルランドの移民」の、祖国への訣別の悲しみと、遠い異国への渇仰の叫びなのだろうか。
 アイルランド出身の歌手といえば、エンヤが有名だけれど、僕の大好きなシニード・オコーナーも確かアイルランド出身のはずだ。もっとも彼女の場合は、こちらが腹を据えて、構えて聞かなければ蹴倒されそうなほど、エキセントリックなメッセージの込められた歌を歌っているから、付き合うには少々気骨が折れるけれど・・・。

 で、家に戻って、早速ネット・ショップの「お急ぎ便」でCDを注文して、今、手にしたところ。
 この上は、アイリッシュ・ウィスキーの酒樽でスピーカーを作りたいな、などと取り止めもないことを思いながら、ヴォリューム・アップで聴いております。
 中でも、クロエの歌う“Nella Fantasia”、5人の歌姫が歌う“You Raise Me Up”は、何回聴いただろうか。
 天から降る、そんな音楽がある、と実感しながら・・・。
posted by vino at 10:23| Comment(2) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月01日

交差する時間 - 手

しみじみと吾が手を見るに
指に指紋あり
掌に掌紋あり

この紋様は
一体何者なのか
一体何を語るのか
何とて思い浮かばぬが
徒者(ただもの)ならば
要らぬはず
曲者ならば
語るべし

しかるに
甲に比ぶるに
掌のなんと柔らかな
掌のなんと美しい

思うに
甲は只管苦労を重ね
掌は未だ生まれたまんま

なんと吾が手の妙なることか
なんと吾が手の雄弁か

思うにこの裏表は
長日植物と短日植物の如

このうえは
虚空を求むる徒労は止めて
今日も一日掌を合わせ
合掌
posted by vino at 12:03| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする