2007年10月30日

陶 小林征児・犀窯(さいがま)展

 
小林征児展.jpg 今、すごくメロウな気分です。
 40年来の知人である小林氏の作陶展を見に行って、気に入った銚子と猪口のセットを買ってきた。展示品ではあるし、箱書きも出来ていないし、お持ち帰りは後日に、ということだったが、無理を言って持ち帰り、早速お気に入りの地酒を薪ストーヴで燗をしながら、チビリチビリ。
 で、彼の作品については後刻、ということにして、皆さん、是非お出かけの上、ご高覧下さい。
 アレ!?日本酒って、こんなに美味しいもんでしたっけ!?
 BGMは、フジ子・へミングのピアノで、ラ・カンパネルラ。

追記:クリックしてご覧下さい。
posted by vino at 17:45| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月25日

言いたくはないけれど・・・(その2)

 毎日新聞朝刊の文化面に、「不朽版 引用句辞典」というコラムがある。毎月第4水曜日に掲載されるもので、筆者は評論家としても名高い、仏文学者の鹿島茂氏。
 10月24日は、「エリカと大毅」を枕に、蘆原英了『僕の二人のおじさん、藤田嗣治と小山内薫』(新宿書房)から、藤田嗣治夫人だったユキの回想を引用しつつ、夫婦や親子、師弟間などにおける「優しさ」について考察している。
「いつも優しいのは、本当は優しくないのだ。」

 TVの旅番組を見ていると、必ず、訪れた土地の名物料理や宿の自慢料理を紹介して、「旅人」がそれを味わう場面が出てくる。そして、女優達の多くの第一声の決まり文句が、「うーん!!」
 確かに、物を口に入れたまま発することの出来る賞め言葉は「うーん!!」というのは分かるけれど、次に出て来る言葉が、「柔らかーい!!」
 これには何時も笑ってしまう。
「柔らかい」ことが、何時から味覚を表現する言葉になったのだろうか。いや、彼女達は美味い不味いよりも、口当たりの優しさ、食感の柔らかさを優先させているのだろうか。それとも、味の表現、番組のためのお愛想を思いつく前に、取りあえず当たり障りのない柔らかさを言っておこうと決めているのだろうか。
 そういえば、若い女性が将来の伴侶の資質として男性に求める第一が、「優しさ」だと聞いたことがある。
 世は挙げて人の優しさを求めている。

 コラムは、次の決め文句で締められている。
「チャンドラーのいうように優しくなければ生きる価値がないが、優しいだけでも生きる価値はないのである。」
 チャンドラー?例のチャンドラー?しかし、コラムの何処にも、後にも前にも言及がない。
 念のため、毎日新聞の読者室に電話で尋ねてみた。
「この手の文章は編集はしません。先生の書かれた原稿のまま、掲載しています。」
「でも、不親切ですよね。引用が唐突過ぎて・・・」
「そう言われればそうかもしれません。ただ、このコラムは、分かる人には分かるといったレベルで書かれていると思います。」
「それって、優しくないですね。」

 なんだか、背を向けて歩み去るフィリップ・マーロウの後姿に声を掛けたような具合になってしまった。
 鹿島先生、楽屋落って、ずるくはないですか?
 それとも、次回への伏線、予告なのでしょうか?
 
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2007年10月24日

言いたくはないけれど・・・(その1)

 昨夜は十三夜月。
 兼好法師の、「・・・月はくまなきをのみ見るものかは。」という、過ぎたるを嬲る呟きが聞えてきそうなほど、見上げた空には一片の雲もなかった。
 仙丈庵の灯りを消して、愛飲している地酒を薪ストーヴで燗をしながら、ビル・エヴァンスを流す。と、ここまで来て、一点の曇りが生じた。
 実は、先日も紹介したビル・エヴァンスのCDに不具合のあることに気付いたのは数日前。ステレオの音が、左右逆に編集されているのだ。トリオの場合、ステージ下手にピアノ、上手にベース、そして中央にドラムスというのが通常の 配置だと思うのだけれど、何回聴いても音のバランスが悪い。不審に思って確かめてみると、案の定、左のスピーカーからベースが、右のスピーカからピアノが聞えている。早速、発行元に確認すると、日を置いて、「ご指摘の通り、左右逆の編集になっております。」とのこと。輸入原盤をそのままダビングしたらしいのだ。ライヴ録音の時の不手際とは考えられないから、Digital remasteringの際、うっかり、左右を取り違えたものらしい。
 で、他のCDを聴いたあとは、アンプからスピーカーへのコード接続をその都度遣り替えなければならない。
 昨夜は、部屋の灯りを消して、いざ、という時に気付いたものだから、何と興冷ましな、と思いながら、兼好法師の呟きを聞いた次第。
「申し訳ありませんでした。」受付嬢の一言でチョン。
 これって、却ってプレミアムが付いたりして、貴重盤になったりするのかしらんなどと、こちらは下世話な呟き。
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2007年10月15日

パラレル・ワールド(断想)


アキアカネ 002.jpg 何となく、唯ぼんやりとしている時に既視感に襲われると、人は、懐かしさと同時に荒野に独り取り残されたような寂寥感を覚える。それは何時も一方通行で、「向うから還ってくる」浮遊感を伴った、その時の覚醒の狭間で起こる。決して「こちらから向うへ行く」ことはない。
 思いは過去からやってくる。
 
 パラレル・ワールドというものがあると言う。
 異次元、異界ではなく、「このこと」と平行してある世界。
 「斯く在るべくして在る世界」が何故在るのか。そのことが不思議であるのと同じく、「斯く在るべからざる世界」が、何処かに「斯く在るべくして在る世界」として在ることは、否定出来ない、と。
 それらを隔てるものは、在るか無きかのミクロ単位の極薄の膜なのか、無限に遠い距離なのか。 
 いずれにしろ、お互いに、永遠に往き来することの叶わないもの。
 この世界の自分と同じ存在が、異なる存在として平行して在ること。
 それは、宇宙の在り様に倣って、もう一つならず限りない数だけ、在るのかも知れない。
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2007年10月13日

だっぺ!?

 いばらき⇒茨詭弁??PC君の変換リストの第一。これもありかな?いえ、茨城弁の話。
 
「お客さん、他にもお客さんがいるから、お店での喧嘩は止めてください。」
 日立の電機メーカーに勤めている従兄弟が、大阪に出張した時のこと。会社の仲間と小料理屋のカウンターで酒を酌み交しながら、翌日の支社での打ち合せの話をしていると、店の女将さんが割って入ってきて、耳元に囁いたそうです。二人とも、何のことか分からずにキョトンとしていると、
「先程から、言い合いになっているようで・・・。」
事ほど然様に、茨城弁は、きつく聞えるらしい。断定的に言い切る語尾、それにも増して、尻上がりのイントネーションが喧嘩腰に聞えるらしいのだが。
 ひと口に茨城弁といっても、地域によって随分響きが異なる。山間部の朴訥な言葉遣いに比べると、那珂湊から大洗、さらには鹿島地方の浜言葉は、同じ茨城県人の当方が聞いても、確かに強調子に聞える。
「そうだど、おめえ・・・。」
「おれなんか、よう・・・。」
「んだっぺ!」
これ、年配の女性の会話です。
 
 地元に伝わる言い伝えを思い切って、茨城弁で遣ってみようと、地元のお年寄りの話を採録したものに手を加えたのが、これからご紹介する「鶴提地蔵」。語中の「か行」と「た行」が濁るのが茨城弁の特徴です。でも何故か、「いばらぎ」ではなく、「いばらき」です。TVやラヂオで「ぎ」と濁られると、非常に気になります。
 それはともかく、茨城弁を、とくと味わってくださいませ。鶴提地蔵.doc
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2007年10月08日

サワフタギ

 秋の陽に、瑠璃色の粒々が光っている。梢の向うの空の色より、ずっとずっと濃い。
 先程から、花木センターの庭木仮植えコーナーをぐるぐる回り歩いては戻ってくる。何回目かに、その木の前に立ったとき、「いい木だなあ。」と溜息が出る。
 樹高、枝振りとも3mに近く、とても吾が小庭には入りきれそうにない。
 木の名は、サワフタギ(沢蓋木)、別の名をルリミノウシコロシという、雑木。
 その名の通り、秋になると、美しい青瑠璃色の実を付ける小高木。茶枯れた葉との按配が誠によく、映える。
 通りがかった係りの人に訊ねると、「この位なら、そうね・・・運送料はサービス出来るね。ただ、植え込むとなると手間賃は貰うようになるけどね。」
 物欲しげに家人の様子を窺うと、彼女は知らぬ顔で草花のコーナーに行ってしまった。
 このサワフタギは、何年この場所に植えられているのだろうか。根巻きの麻布は疾うに朽ちて、半分は周りの土に埋もれかかっている。
 来る度に見て、来る度に「これ、下さい。」と、半歩踏み出しそうになるけれど、その度に思い留まる。
 草花や花木は花の時季に、実の生る木には実の生る時季に、寄って、見る。
 サワフタギの葉擦れの音が囁く。
「あなたの好きな、瑠璃色。これからもっと鮮やかに色付くわよ。」
 幼木でもあればと思い、係りの人に訊ねると、先程の木を指差しながら、「植木屋の扱うのはこれ位が限度。手頃、植え頃、そして値頃。さっきも、欲しいって人が来てたから、どうなるかなぁ。」

 家に戻って、ウメモドキ、ムラサキシキブ、シロシキブ、そしてヤブコウジの色付き具合に目を遣ったが、どうにも心が残る。
「何てったって、瑠璃色だからなぁ・・・。」
posted by vino at 13:37| Comment(4) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月01日

小さなお祖父さん

 日曜日、年中組に通っている孫の幼稚園の運動会があった。予定の土曜日が生憎の雨で、一日日延べになったもの。
 しかし、この日も、雨。で、場所を隣接する小学校の体育館に移して行われた。
 子供たち、父母に加えて、祖父母も招かれていたから、館内は大変な人、人。フロアーの壁際ではとても座り切れずに、2階の観覧席も鈴なりの、人、人。
 徒競走などはカーヴが小さく、子供たちは走り難そうに見えたが、それでも、元気一杯に、飛んだり跳ねたり、走ったり。
 屋内なので、応援の声が反響し、大人たちのどよめきも加わって、ワンワンワンワン、賑やかなこと。進行係のアナウンスも、それに負けじと、テンションが揚りっぱなし。
 プログラムが進んで、祖父母参加の大玉転がしの番が近づいた。上履き靴の紐、ベルトを締めなおし、ヨシッと気合を入れて待機場所へ行くと、今年小一になった上の孫君が駆け寄ってきて、「僕が出るっ!」、「えっ!?」、「じいじは2階へ戻って応援してっ!」

 2階席から見下ろすと、年中組と祖父母に混じって、小一の「俄か祖父」が胸を張って行進している。
と、年中君の担任の先生が二人に駆け寄って、孫君たちに二言三言。話しながら周囲をキョロキョロ見回している。「お祖父ちゃんかお祖母ちゃんは?」とか、「お父さんかお母さんは来てないの?」とか訊かれているらしい。小一の孫君、自分を指差して、一段と胸を張っている。頷く先生。と、小一君、2階席を見上げながらニヤッと笑って、こちらにVサインを送ってきた。
 オイオイ、どういう神経をしているんだい。
 小一君と年中君のコンビの活躍?もあって、白組の勝ち。イヤー、戻った小一君の鼻息の荒かったこと。
 
 外は土砂降りの雨。
 こんな運動会も、ありかな?
posted by vino at 11:20| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする