2007年11月25日

十八割そば


常陸太田秋まつり.jpg 普段は、シャッター通りと化して、閑古鳥の啼いている当市の目抜き通りが、24,25日の二日間、人人人で埋まってしまった。
 市と市の商工会の肝いりで開かれた常陸太田秋まつり2007を開催しますは大変な人出で賑わった。
 シャッターを下ろしていた店舗、商店街の町並みを櫛の歯が欠けた状態にしている空き地、そして人通りの途絶えた路地が、却って格好の露店、仮店舗の場所になって、肩と肩がぶつかる混雑振り。
 商工会の婦人部が出していた店で、大根とコンニャクの柚子味噌でんがくを食べながら話を聞いたら、年配の奥さんは、「こんな人出は、わたしの小さかった時以来、何年振りかしら。」と涙ぐんでいた。
 当市はまた、「水府そば」のブランドで全国に知られた、そばの産地でもある。
 新そば、秋そばの幟を立てて、そばの出店だけでも、十店舗を数えた。中で、盟主格が、その名を知られた「日本そば打ち名人会」の面々。題して、十八割そば。
 十割そば、二八そばは目にするけれど、十八割そばとは、そも何者。長い列の後尾に付く。
「食べてもらえば分かります。」
 食券と交換に渡されたお盆には、ソバガキの小鉢と、小ぶりな盛りそば。なーるほど。ソバガキがそば粉十割、盛りそばは二八そば、〆て十八割そば。
 因みに、今日の「そば打ち名人会」の名人たちは、東京は湯島天神工房のおじさん方、どおりで、身のこなしといい、ネーミングといい、粋なおじさん達でした。二番粉を使ったそばも、自慢するだけのことはありました。
 昨日今日と、二日続けて、そばの食べ歩き。うーん、出来秋のそばは美味い。

 
posted by vino at 17:40| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月21日

木枯らしを楽しむ

 東京や大阪にも木枯らし一番が吹いたとか。
 北海道や日本海側では、記録的な寒気団に見舞われていると気象情報が報じている。
 どうも今年の天候は、極端から極端へと、振幅が激しい。当地でも、ここ1週間の間に、朝晩には一段と冷え込むようになり、日中も、あまり気温が上がらない。しかし北国の話を聞けば、陽射しがあるだけでも有り難いことだと思っている。
 で、北風にちじこまってばかりもいられない、と今日は、ミニ凧をご紹介します。

ミニ凧.JPG  折り紙の普通サイズでOKです。
@ 折り紙を真ん中で長方形に二つ折りにします。
A 折りたたんだまま、左右対称に、好みの形に切ります。写真は、一番シンプルな形、菱型に切りました。
B 折れ目から、左右に5ミリほどのところで、反対に折ります。最初の折れ目が、小さな山型になりますね。
C その折れ目に、上から三分の一ほどのところに、針で穴を開け糸を通します。いろいろ試しましたが、凧が小さいので、凧糸ではなく、絹糸がよいようです。
(通した糸の先端は、1センチほど、楊枝を使ってボンドで止めます。セロテープは、凧が重たくなるので向きません。)
D 折り紙を巾5ミリほどに切って尻尾を、付けます。長さは、凧の3倍ほど。この際、山折の中央線と同じ形に山折にして、左右等分に糊付けすること。

 これで完成です。少々強い風でもよく揚ります。もとより、ミニ凧ですので、糸の長さは2〜3メートルほど。天高く・・・というわけには行きませんが、結構楽しく遊べます。お試し下さい。
 
posted by vino at 16:52| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月15日

「かぐや」の贈り物

 月のない晴れた夜空を、星夜と言っただけでは足りずに、人は、星月夜と言い慣わした。
 月影の見えない寂しさを恨んだのだろうか、瞬く星々の明るさを観賞したのだろうか。

 月面を間近に見て、その荒々しい容貌に溜息をついていると、やがて、丸みを帯びた月の地平線から、青い天体が現れる。
 瞬間、人々は、「地球の出」と歓声を挙げた。
 刻々と変容する無色に近い月面の向うには、禍々しいまでの漆黒の闇が広がっている。その闇の中に、地球は、静かに、青くそして白く輝いて浮かぶ。
 水と大気と命の星。
 宇宙の奇跡としか呼べない、と言われる愛の星。
 宇宙の摂理の中に、地球も、また、確かにあるのだと思い知らされる映像に、感動とは別の、妙な胸騒ぎを覚える。

--夜空を彩る星の幾分かは,遥か昔に消滅した星の残光であり,美しい図形に配置される星の群れは,実は数百光年隔たった互いに無縁の星である.つまり,眼前の美しさは,生命の余光が現在という一点に集まり,新に結ばれた像ということになる.
(『世阿弥の中世』「序章」より 大谷節子著・岩波書店)
 
 著者もまた「かぐや」のように、世阿弥という巨星を周回し、読み解いてゆく。

 星夜といえば、やはり、宮沢賢治を思わずにはいられない。
--新たな詩人よ
 嵐から雲から光から
 新たな透明なエネルギーを得て
 人と地球にとるべき形を暗示せよ
     (宮沢賢治・詩ノート)
「星めぐりの歌」を歌いながら、彼の見た地球の形を想像する。
 宇宙に数々の色彩を暗示した彼が一番に望んだのは、青く輝く地球を眼にすることだったのかもしれない。

追記:衛星画像は、JAXAのホームページで見ることが出来ます。是非、動画でご覧下さい。
posted by vino at 11:46| Comment(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月07日

林洋子さん、喜寿にして

 スポットライトに浮かび上がったその人は、凛とした声で語り続けた。
< そらのてっぺんなんか冷たくて冷たくてまるでカチカチの灼きをかけた鋼です。 >

 山手線の目黒駅を降りて、目黒通りと交差する首都高の高架下を潜ると、銀杏並木の続く歩道に出る。今年は紅葉が遅いとは聞いていたけれど、葉一枚、色づいていない。これは、一言あるかな、と思いながら会場へ急ぐ。
 約300席の客席は、ほぼ満員。例によって、建物に設えられている舞台は使わずに、自前の小さな舞台が用意されている。折りたたみ椅子の客席が、舞台を中心に半円形状に並ぶ。
「私はね、いわゆる大劇場、大舞台では演りません。小さくてもいいから、手づくりの平舞台で演ります。」

クラムボンの会満27歳&林洋子喜寿おめでとう公演・祝賀会(11月3日・東京都庭園美術館大ホール)

林洋子ひとり語り- 宮沢賢治
   「いちょうの実」「雪わたり」
   笛・お囃子 松浦孝成

 「いちょうの実」は、当方がメンバーの朗読会の演目でもあるので、ワクワクしながら、聴く。
 いちょうの木の子供であるいちょうの実たちが、「さよなら、おっかさん」と叫びながら母親の木を離れて行くシーンでは、何時でも涙が出てしまう。
 枕で、林さんが、今年のいちょう木の黄葉の遅いことに触れられたので、ちょっと嬉しくなってしまった。
「雪わたり」は、幼い兄妹とキツネたちの温かい交流を描くもの。林さんも言うとおり、賢治の作品では飛び切り楽しいお話。唯一と言ってよいだろうか、死の影がない。
 30分を超える語りにすっかり惹きこまれて、聴き入る。

 名人芸を観ていつも思うことがある。自戒の念を込めて・・・。
---名人は、聴いていただく、観ていただく、という心構えで、その芸を聴かせ、魅せる。
 素人は、聞かせる、見せる、という心構えで、その振りを聞いていただき、見ていただく。

 地元に戻り次第、明日の、図書館読書まつりのマイク設営と会場の準備があるのでトンボ帰り。
 受付で販売されていた、林さんの語りのCDも、人混みを抜け出るのがやっとで、見ず仕舞い。
 
 歩道の銀杏並木が色づく頃、林さんは何処でひとり語りをされておられるのだろうか。
 50歳から始めて27年間。今回が1,465回目の公演だった。


林洋子.jpg許可を得て、開演前に撮った、林さんの舞台。(奥に見えるのが既設の舞台。右手が、今回の観客席)

posted by vino at 15:01| Comment(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月06日

小林征児の象嵌技法

---胎土の一部を彫って、別の土を嵌入する技法は、どの国でも長い伝統を持っているが、小林さんの象嵌は、手法、表現力とも凛々しく、いかにも切れ味が良く、21世紀に向かって現代の最先端を走る陶芸作家の一人です。土の和みと、気鋭の意匠の融合をお楽しみ下さい。(美術評論家・矢部良明:個展パンフレットより)

(象嵌て、面倒じゃない?)
「ん、何を面倒と言うかだけど、自分の表現技法だから・・・。ただ、根気が要ることは確かだね。」
 小林さんの技法は、轆轤成型と違って、手びねり・ヒモづくり。
 客の応対の合間に聞き取った製作手順とは、
@ヒモを重ねてボディづくり、成型。
Aキズ付け・・・ヘラなどで、線刻などの文様を彫る。線刻で細いものは、安全剃刀の刃の厚みほどのものも。
B凹みに、別の色の粘土を嵌め込む。
C締める(叩き)・・・粘土内の気泡を追い出す大事な工程。
D削りだし・・・文様からはみ出た余分な色粘土を削り落とす。鮮明な文様が浮き出て来る瞬間。
小林征児 001.jpg  今回求めた銚子と猪口は、機械轆轤成型の、いわば雑器類で、線刻に布目を施したもの。
E生乾き状態のボディに、ガーゼを当て、泥漿(でいしょう)を刷毛塗りする。線刻などの文様には全てマスキングする。
F生地が水分を吸い取った頃合を見て、ガーゼを外す。

「そもそもは、茶道具、中でも茶碗を作りたかった。根津美術館で『青井戸茶碗 銘 柴田』を見て衝撃を受けたのがはじまり。」
「若い頃、意気込んで『50碗展』と銘打って、茶碗ばかり50個展示して個展を開いたの。売れたのは、たったの2個。1個は身内、もう1個は、以来何かとお世話になっているAさん。」

(作品を作る時、フォルムが先なの、象嵌の文様が先に浮かぶの?)
「色々だね。ヒモを重ねて行くうちに、最初の思惑と違ってくることがある。作品が一人歩きを始める。このとき、動きに逆らっては駄目、変形について行く。つくづく、土ものは生き物だ、と思う時がある。」

 小林さんの作品をお見せできないのが残念ですが、近々、窯元へ遊びに行く約束をしてあるので、いずれ、作品のいくつかをご紹介できると思います。
 
posted by vino at 12:21| Comment(2) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする