2008年03月31日

交差する時間 - 母のこと

母が父を仰ぎ見ている
長押の上の父を見ている
父の写真を見ている

その写真を見て
僕は朝夕父に挨拶する
手を合わせて感謝する
目を見詰めて報告する
心で叫んで祈ったりする

母は仏壇の前に首を垂れる
経本を胸に祈る姿は美しい
線香を焚くのは良いもんだ
と思う

そんな母が父を見ている
長押の上にいる父を
母が仰ぎ見ている

御鈴の小さな音がする
間もなく二十三回忌
posted by vino at 13:59| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月22日

シャボン玉

 何故か、急に、シャボン玉遊びがしたくなって、台所洗剤を水で薄めて、簡単なシャボン玉液を作った。
 割れ難い大玉が作れる液の調合方法を書いたメモがあったはずなのだけれど、見当たらない。というか、それは却って邪道のように思えて探すのを止めた。 
 小瓶に作った液を付けてストローを吹くと、小さな玉が幾つも出来て飛び出してゆく。春の陽を浴びて、嬉しそうだ。
 風の向きで、一様に同じ方向に飛びそうなものなのに、そうはならない。あちらこちらと散らばって気侭に飛び交っている。 
 上手く上昇気流に乗ったシャボン玉が、遠く裏山近くまで飛んで、そこで急に上空に吸い込まれるようにして、消えた。
 面白くなって止められない。結局、用意した液がなくなるまで遊んだ。

「童謡の - シャボン玉 - は大切なレパートリーの一つだけれど、この歌、ちゃんと歌おうとすると結構難しいんだぜ」
 本家、バーバーズ・ショップのお墨付きをもらって、おじさんコーラスグループのリードヴォーカルをやっている I さんは、口癖のように言う。

「歌ってみて」と、I さん。
「ちょっと照れるなぁ」
「いいから、いいから。さぁ」
「♪シャーボンダーマ、トーンダー・・・」
「♪シャーボンダーマ、トーンダー・・・」
 Iさんがハモッてついてくる。
(あれ!?意外とイケルね、この歌)
(だろう!?)
 アイコンタクトで話しながら、シャボン玉が飛ぶ気分に乗せられて、2番まで歌う。
(もう1回、一番へ戻って)
(OK、OK、行ってみましょう)

「シャボン玉の魅力って、何だと思う?」と、I さん。
「月並みだけど、儚い美しさ、かな」
「・・・球体になるのはさ、これぞ全宇宙的ってことだろう。全宇宙から囲まれて、あるもの。瞬間的に壊れるのは、何者かが宇宙の謎解きの邪魔をするんだぜ、きっと」
「でも、壊れずに、吹いた人が中に入ったりするシャボン玉もあるよね」
「そんなの、シャボン玉とは言えないね。ジャボン玉さ」
「!?」
「邪凡玉」
「随分な言い方だな。子供たち、大喜びするけどなぁ」
「それは、恐さを教えないからさ。シャボン玉の恐さをね。膜の内と外の、途轍もない乖離性を知らないからさ」
「あっ、これ見てくれ、七色、七色。あっ、何するんだよ!」
「壊れる前に壊す。これも、シャボン玉遊びの面白さのひとつ」と、ニヤッと笑って I さん、♪シャボン玉のハミングを始めた。

♪生まれて すぐに
 こわれて 消えた
(野口雨情 作詞、中山晋平 作曲)
 
posted by vino at 17:21| Comment(2) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月18日

交差する時間 - 残り香

籬の陰を行くひとは
利休鼠のお召し物
帯留めの黄の一線に
白足袋の運び淑やかに
微利を踏むさえ忍びやか
声さえ聞かず去りしひと

籬の陰を行くひとは
残り香だけの思い出か
籬の陰を行くひとは
コマ落し画の投影か

遠ざかる
posted by vino at 09:39| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月12日

ハート

 
20080127174553.jpg厚手の本を見開くと、髪の毛が分かれるように綴じ代近くが盛り上がって、得も言えぬ曲線を描く。
 そこにリングを置くと、丸いはずのリングから、ハートの影が生まれる。
 光源の位置を変えると、ハートの形は、心細げに長く伸びたり、依怙地になって縮んだりする。
 程のよい形を確かめたいのに、思うに任せず、苛立って本を閉じる。

 別れの手紙を書き始めて、一つの文字が思い出せない。
 止むなく開いた辞書の上で、左の薬指から外したリングを玩んでいるうちに見つけた、ハート。
 溜息をついた拍子に、リングが倒れて、ハートは消えた。
 何故だろう、探し当てた文字に、ルージュでマークを付けていた。もう見ることもない文字なのに、余計なことを・・・。後悔が湧いて、灯りを消した。
 思い出せなかったのは、彼の名前の一文字。
 名前と同じ、変な人だったけ・・・。
 
※ 画像は、「JUGEMテーマ」から、so-rakoさんのイラストを転載させていただきました。
posted by vino at 12:25| Comment(2) | 掌編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月10日

待合室そしてホームにて

 以前、歯の治療をしたときに、半年掛りで、上下左右の奥歯にすべて金属を被せられた。当初、噛み合せがギコチなかったけれど上手く折り合いが付いて慣れた頃になって、左下の奥歯のものが取れてしまった。
 食事の時に、カツンときて吃驚したけれど、飲み込まずに済んだのは幸いだった。
 そして、2、3日前、今度は右下奥歯のところがいけなくなった。
 自家製の旬の野菜天が楽しめるので贔屓にしている、行き付けのそば屋で、天ざるを一枚食べ終えたあと、爪楊枝を使った。そば屋で爪楊枝を使うなど、頑固な店主だったら、「そばは噛んで喰うもんじゃねえや」と怒鳴られそうだけれど、その店主も先年亡くなって、今は娘婿君が頑張っている。
 そばの風味もそばつゆの味も変わらないのが嬉しい。
 で、気になる奥歯をつついていたら、爪楊枝の手に余る当りがあって、ポロリ。
 
 今回から、腕が良くて美人で評判の歯科医院に変えた。
 と、ここまで、長々と前置きを書いたけれど、あの、キューンという歯科特有の治療器具を思い出して歯が疼き始めたので、端折って本題に。
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posted by vino at 10:27| Comment(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月09日

木村拓子「創作とうもろこし人形展」を観る

日時:3月7日〜12日 
場所:ひたちなか市・ギャラリーエスパース

 
とうもろこし人形展.jpg会場は、コンクリート打放しの空間。展示コーナーは10坪ほど。入口右手には、カウンターと長テーブル二つ、椅子席16席の喫茶コーナー。
 コーナーを分ける壁際には、船灯と呼ばれる、大きな石油ランプの形をしたストーヴ。炎の温かい色合いが嬉しい。温かさと明るさとを供してくれる優れもの。
 さて、木村さんの作品群のこと。
 人形は、20aほどのもので、決して大きくはないけれど、見ているうちにどれも等身大に変身してきて、全身から「物語り」が溢れてくる。立ち止まってみていると、一体一体が、実に雄弁に語りかけてくるのだ。
 入魂というと肩肘張った物言いになるけれど、これは、やはり、入魂された人形たちと言うべく、通り過ぎようとすると呟きが聞えそうで、不図振り返る。すると、正面で向き合ったときの表情とは違った形が見えてくる。
 見れば見るほど、繊細に、細部に至るまで細かな細工が施されている。
 しかし、当然のことに、写実というのとも異なる。思い切り大胆に省略しデフォルメされている部分もあるしするので、これはやはり、創作としか言いようがない。
 木村さんの作品には、顔描きがない。
「最初からですか?」と訊ねると、「わたしは、顔描きが下手ですから・・・」と謙遜なさるが、顔を描かないのは、木村さんの優しさのような気がする。
 丹精こめて一体ずつ創作されるのだから、情が移らないわけがない。
 子どもは子どもらしく、老女は老女のそれとなり、スックと立つキャリアウーマンはそれらしく、皆全うに科をつくり、所作を見せてくれている。 
 それらの姿は、日本舞踊の手足の運び、仕草、身のこなしを目の当たりにするように、実に神経が行き届いている。
 顔描きがなくても生き生きと息付いているのだ。
 いや、顔描きがないからこそ、彼(女)たちは生きているのだと思えてくる。顔描きによる表情を作らないことで、作者は人形の背後に潜み、優しく微笑むことが出来るのだろう。
 祈りは、塑像の前でのみ捧げるものとは限るまい。
 
IMG.jpgご母堂を偲んで作られた「電話」という作品は、夫君手製の小さなターンテーブルの上で、思い出を紡ぐようにゆっくりゆっくり回転していた。

・・・母を最後に抱いた時の重さより、この思い出のコートの方が重いと感じた時は・・・

 抱くものと抱かれるものと、見送るものと逝くものと、死とはある意味、即物的な重さを失うことであり、同時に、黙示的な重さを得ること。
 思い出に残るものの重さや愛の重さは他に比ぶべくもなく、沈降するもの表出するものとあっても、祈りに繋がらぬものはないと思う。
 木村さんが、折々の祈りを、愛の重さを、これからどのように創作、表現なさるか、期待したい。

追記:写真は何れも、会場で木村さんから頂いた、素晴しい写真集(ご主人の木村敏雄さん撮影・デザイン)から転載させて頂きました。木村さん、事後承諾で御免なさい。
posted by vino at 10:40| Comment(8) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月08日

縦、横、斜そして星型

 ここ2、3日、朝の冷え込みが和らいできていたので気にならないでいたせいか、今朝の起き抜けに見た霜の白さには驚いた。
 久し振りに氷点下。霜も白いが吐く息も白い。
 仙丈庵で薪ストーヴを焚き付けて、一息。
 
DSC03614.JPG ドアの向うのウッドデッキに目を遣ると、霜の白さと手摺り子の影、そして太陽光が、美しい縞模様を作っている。
 
「木洩れ日は、全て太陽の形をしているって、知ってる?」
“目から鱗”ならぬ“目から星”の話。
(3月4日、NHK「首都圏ネットワーク」で放送されたもの。)
 その名も、星の木洩れ日アーティスト、木村崇人(たかひと)さん。
 子どもの頃、兄さんから上記の質問を受けてビックリ仰天。以来、木洩れ陽(当方はこの字を用います)の美しさを多くの人に知ってもらおうと活動を続けている人らしい。 
 放送では、星型のフィルターを着けた2000Wの大きな照明灯をクレーンで吊り上げて、“木洩れ陽”を現出させるイヴェントが紹介されていた。
 木洩れ陽は、当方も大好きな自然現象の一つで、思いに沈んだ時の大切な表現のモチーフとなってくれることもある。しかし、その原理にまで思いを寄せたことは一度もなかった。光の揺らぎに、こちらの屈託を重ねていたに過ぎない。
 木洩れ陽は、木の葉の重なりが巧まざるピンホールとなって太陽光が地面などに届くものだそうで、ピンホールはレンズと同じ働きをするから、その光源である太陽の形が映し出されるのだ、とのこと。従って、そのままでは太陽と同じく、円形。
 そこで、その光源を星型に持って行ったところが木村さんのアーティストとしての異才を物語る。
 夜、照明灯が点灯されて、光が“木洩れ陽”となって現れると、500人を超える参加者たちが手に手に持った器具に、見事、星型が映し出され、一斉に喚声が挙がっていた。
 常人が気付かずにいるところに眼差しを届かせ、それを切り取って一つの表現として示し、人々に感動を与えるのもまたアートとすれば、“星型の木洩れ陽”は、紛れもなく立派なアートと見ました。
 感動が残りましたもの・・・。
posted by vino at 11:24| Comment(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月06日

好文亭修繕工事日記(その6)


好文亭修繕工事 こけら葺 020.jpg  軒先から葺き始めて、屋根の半分ほどのところまできました。
 職人さんたちが坐っているのは、手製の椅子?で、屋根の勾配(好文亭は一寸五分勾配)に合わせて作られています。屋根とお尻の間に入れるので「中いれ」と呼んでいるそうです。
 椅子の下側には、屋根板をいためない程度に滑り止め用の釘が打ってあります。
 
好文亭修繕工事 こけら葺 017.jpg 柿葺の難しいところ、蛤葺(はまぐりぶき)といわれる寄棟の部分を葺いています。
 扇形に加工された葺き板を、葺き足の形状を整えながら丁寧に葺いて行きます。屋根金がブレて撮れているのは、それだけ手早く竹釘が打たれている証拠で、ピンボケではありませんので為念。
 
1月16日 009.jpg 蛤葺は葺き上がると光線の具合でグラデーション現象に見えるほどです。
 柿葺でも最も美しい仕上がりが見られるところです。
 
 今年は、偕楽園の梅の開花は遅れ気味、15日前後が見頃だそうです。それでも、連日大変な人出で園内は大賑わいです。
 日曜日には、石州流、表・裏千家など茶道の4派連合の野点が行われるなど、催しものも盛り沢山です。 花に劣らぬ和服姿の競演も、え、え、それはそれはお美しいですぞ。
 皆様方、是非お出かけ下さい。では、また。
posted by vino at 09:09| Comment(2) | 修繕工事日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月03日

好文亭修繕工事日記(その5)

 
好文亭修繕工事 こけら葺 022.jpg 他の屋根工事と同じく、柿葺も軒先から棟へと葺き上げて行きます。
 写真では見えませんが、軒付積板(軒先を形作る板)の上に水切り銅版(厚0.35)を敷き込み、その上に上目板(椹2分板、赤味、手割り板)を葺いて、順次、柿板を葺いて行きます。
 葺き足(葺き板をずらす長さ)は一寸、3a強です。
 
好文亭修繕工事 こけら葺 016.jpg 職人さんが手にしているのは、屋根職が使う独特の形をした金鎚で、彼らが屋根金(やねかな)と呼んでいるものです。
好文亭修繕工事 こけら葺 024.jpg 口に咥えた竹釘(長さ一寸)を、親指と人差し指で摘まんで、握り拳の中ほどにある伏金(ふせがね)でチョン打ちして柿板に打ち付け、続いて頭の部分で打ち込みます。

DSC03612.JPG 竹釘は、打ち込む片方のみ、皮を残して削ぎ切りしてあります。(この竹釘、兵庫県丹波の業者が全国で唯一軒、製造しているものだそうです。)
 それを、ヒョイヒョイと口から出しては指で摘まんで、実にリズミカルに打って行きます。熟練の技に見惚れてしまいます。
 屋根金の柄は樫の木。最上物はグミの木だそうで、柔らかく粘りが強いといいます。だから、大工さんが使う手斧(ちょうな)の柄もグミの木が多く使われているそうです。
 握り部分は、自分の手に合った形に加工して使うとのこと。
 次回は、葺き作業の実際を紹介します。
追記:写真は何れもクリックしてご覧下さい。
posted by vino at 17:21| Comment(0) | 修繕工事日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする