2008年05月31日

yes or no

 良寛さんに、「こころよからぬものは--」と題して、「自戒のことば」がある。
 以下、アンケート式に答えてみれば・・・

○ ことばの多き、口のはやき、さしで口:yes
○ 手がら話、へらず口:yes
○ 唐ことばを好みてつかふ
 (今で言えば、さしずめ、横文字とすれば):yes
○ おのが意地をはりとほす:yes
○ もの知り顔のはなし:yes
○ この事すまぬうちにかの事いふ:yes
○ くれてのち其の事人にかたる:yes
○ 返すといひて返さぬ:no
○ にくき心をもちて人を叱る:yes
○ 悟りくさき話、ふしぎばなし:yes
○ 神仏のことかろがろしくさたする:no
○ 親切げにものいふ:y・e・s
○ 人にものくれぬさきにその事いふ:no
○ おれがかうしたかうしたといふ:n・o
○ この人にいふべきをあの人にいふ:no
○ 鼻であしらふ、にげごとをいふ:no
○ はなしの腰をおる、おどけのかうじたる:yes
○ おのが得手にかけていふ:y・e・s
○ ぐちたはごと:no
○ あらかじめものの吉凶をいふ:yes
○ つげごとの多き、口上のながき:口上〜のみyes
○ ひとつひとつ数へたててものいふ:no
○ みだりに約束する:no
○ しもべを使ふに言葉のあらき:no
○ 客の前に人を叱る、いらぬ世話やく:no
○ 口を耳につけてささやく:no
 (良寛さん、貞心尼の言葉を、何所で聞いたのだろうか。若かりし時は、Oh,yes!!)
○ をろかなる人をあなどる:no
○ かたことを好みてつかふ:y・e・s

 片言とは、例えば、生半可な物言いを言うのだろうか。以って自戒すべし。恐れ入りました、良寛様。
posted by vino at 18:12| Comment(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月27日

まだ見ぬ花に恋ふるの巻

 青い花色の朝顔に焦がれて、何年になるだろうか。
 去年は、名も知らずにいて、前の年に飛騨高山で頂戴した種を播いてみたけれど、全滅。一粒も発芽しなかった。その後、人に教えられたりして、その花が、西洋朝顔であること、朝顔とは言え秋の花であること、名前をヘヴンリー・ブルーという事などを知った。
 去年の秋、十月の末だったか、市内の或る小学校に読み聞かせの出前公演に行ったおり、校庭の擁壁に今を盛りと咲き競っているヘヴンリー・ブルーを見つけた。朗読もそこそこに、担当の先生に断って(あれ、事後承諾だったかな?)種を頂いた。
 
DSC03775.JPG  そして今年、頃は良し、と10日ほど前にプランターに播いた種が見事に発芽している。双葉を広げているものが6株、双葉を拝んでいるものが2株、そしてまだ土中から葉を見せずにピンクの茎を弓なりにしているものが4株、〆て12株。
 先ほど、ネットで検索していたら、その旺盛な繁茂力に注意すること、とあった。
 飛騨高山の露地で見たときにも、路面から優に2階の軒先まで簾を作っていたから納得が行く。
 さて、何処にどのように簾させるか、移植期までに決めなければならない。
 今年こそは、青い花を「見る」「見よう」「見たい」「見ながら」「見るまでは」。
 

posted by vino at 09:23| Comment(2) | 庭には・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月21日

交差する時間 - 荒 野

・・・獅子の足下に荒野はたちまち過ぎ去って・・・          (三島由紀夫『葉隠入門』)

荒野行き行き荒野行き
踏み入る時の気恥ずかし

荒野行き行き荒野行き
何かあるらしあらぬらし

荒野行き行き荒野行き
統べるものさえ消え去りぬ

荒野はひとり広ごりぬ
風の吹くさえ知らぬ気に

吹く風清か塚々に
草生す果てとなりにけり

荒野行き行き何悲し
音のないさえうるさかろ

荒野行き行き荒野行き
戻る術さえ忘れなや
posted by vino at 09:56| Comment(4) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月18日

月も泣け

 十三夜の月が中天に懸かろうとしている。

 今朝、訃報が届いた。好文亭修繕工事日記で紹介したことのある棟梁が、今朝、亡くなった。
 ここ七、八年になろうか、例年のように、一緒に修繕工事をしてきた。
 材木の見分け方、仕口・継ぎ手、納まりなど、手取り足取り教えてもらった。
 随分喧嘩もした。お互い、仕事の上での遣り取りだったから、大声を出し合っても平気だった。すぐその後には、お互いに笑って仕事をしてきた。
 良い人だった。鑿や鉋を使うときの姿勢は、粋でいなせだった。背筋がピンと通っていて、男でも惚れるような色気があった。
 思い出は数々あるけれど、悲しくてこれ以上は続けられない。
 代わりに、一緒に完成した仕事の概要を列記して棟梁の技を顕彰するに留める。

○ 好文亭「楽壽楼」腰壁、廊下、一筋取替え、修繕
○ 好文亭茶室「何陋庵」床の間、柱取替え、修繕
○ 好文亭「奥御殿」廊下一筋埋樫
○ 好文亭「橋廊下」土台、女竹壁取替え、修繕
○ 好文亭「東・西塗縁」一筋埋樫取替え
○ 偕楽園井戸屋形取替え、修繕
○ 偕楽園「黒塀」土台、屋根、控え柱取替え、修繕
○ 偕楽園東門、御成門、表門、檪門、南門修繕
  (表門は、19年度全面解体修復、一部取替え)
 
 中には、雪の降る晩に、徹夜工事になったこともあった。
 当ブログ、固有名詞は控えてきたけれど、今回だけは、尊敬する棟梁の名を明かし、長く記憶に留めていただこうと思う。お許しいただきたい。
 市村 敏夫棟梁。享年76歳。常州水戸の人也。
 安らかにお眠り下さい。ご冥福を祈ります。合掌
posted by vino at 20:08| Comment(8) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月16日

飛ぶが如くに

 家人が、100均ショップでタイマーを買ってきた。料理の時に使うのだという。
 スイッチを入れてみて驚いた。猛烈な勢いで、セットした数字が小さくなって行く。
 ということは・・・。

 ストップウォッチは、過ぎ行く時間をこれ見よがしに加算して行く。
 時には、時間泥棒を詰るかのように、時には、過ごした至福の思いをなぞるかのように。
 一方、タイマーは、すさまじい勢いで<あるはずの時間>をカウントダウンして行く。 
 時には、命の減衰を嘲笑うかのように、時には、約束された歓びの到来を言祝ぐかのように。
 どちらも、過ぎ行く時間をカウントするものなのに、ドップラー効果の如く、それらの様相が著しく異なって見えるのは何故だろうか。
 
 川の流れに分水嶺があるように、時の流れにも分かれ際があるのかもしれない。 
 若い時は、疾走するままにストップウォッチを押し続けていた。色々なもの、出来事、そして出会いを確かなものとするために、時計は必需品だった。
 ところが、今はどうだろうか。
 タイマーの表示盤から消えて行く数字に、そのまま、時間の輪切りを見せ付けられたようで、ドギマギしている。
  
 時間を加算するものと、減算するものと、それぞれ違いはあっても、いずれにしろ、刻まれただけ時間が過ぎて行っていることだけは確かだ。
 思えば、時計とは不思議な物だ。
 時計が指し示すのは時間の経過ではない。「今の時間」、つまり時刻だけだ。
 秒針が駆け足で時を刻み、長針がお調子者の如く歩調を合わせる。舌打ちしながら短針が示すものは、何時でも、鈍麻な人間の後悔に過ぎない。
 何かをするために要した時間と、過ぎ行く時間の中で為すことと。飛ぶが如くに・・・。
posted by vino at 17:51| Comment(10) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月07日

花 筏

 
花筏.JPG 何とも慎ましやかな花があったものである。
 葉表の主脈の中央に付いた一輪の花。
 一輪二輪、と数えるのが一寸逡巡させられる位の小ささで、いっそ、一厘二厘と言いたいほどの容子をしているが、それでもよくよく見ると、ちゃんと4弁の花弁になっている。
 植物図鑑によると、別名を「ヨメノナミダ」と言うのだそうだ。しかし、「ヨメノヨウラン」、そう、花の揺り籠と言いたい愛らしさがある。
 ハナミズキやヤマボウシなど、一見花弁に見える花萼が花を飾り守る種類もある。花萼は、葉っぱの変形したものらしいから、花筏の容子はそれらの原型と言えるのだろうか、変化せずにそのまま、と言うのも面白い。
 幼木を求めた園芸店のおばさんは、「若葉は和え物などにするとおいしいよ」と言っていた。でも、花の付いた若葉を食べるわけには行かない。
 秋には、葉っぱの真中に甘酸っぱい味がする黒い小さな実が熟すらしいが、こちらも、ヨメノナミダの粒を食べるわけには行くまい。
 小庭にまた一つ、新種が増えた。
posted by vino at 16:53| Comment(0) | 庭には・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月06日

ガラス工房SILICA

 久し振りの快晴、雲ひとつない五月晴れに誘われて常磐道経由で花園渓谷へ。緑のトンネルを縫うようにしてたどり着いた花園神社脇の駐車場に車を止め、花園川の渓流沿いに散策する。
 ここは、石楠花、紫陽花そして秋の紅葉と、四季折々家族連れで賑わう県内有数の景勝地。
 帰路、北茨城市童謡の森ふれあいパーク茜平にあるシリカに立ち寄る。とんぼ玉や吹きガラスなどのバーナーワークが体験できるガラス工房。
 
DSC03728.JPG  ただし、「要予約」とのことで、残念ながら今日は、スタジオ内でのスタッフの作業を見学するだけに終った。

(茜平の丘からは、北茨城市内を一望し、その向うに太平洋が見える。)

 
DSC03737.JPG 売店で見付けた、ガラス細工の葡萄の青があまりにもキレイだったので、家人におねだりしてゲット。
 帰りは、高速に乗らずに、山道を取ることにした。三年ほど前に完成した、県内随一の規模を誇る「小山ダム」を見る。
 峠道は、車一台がやっと通れるくらいの道幅で、しかも九十九折の連続。しかし、すれ違う車の数も知れたもので、悠々、陽に目映い新緑を愛でながら森林浴を楽しんできた。
posted by vino at 18:12| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月05日

春 愁

 春に春愁がある。
 緑陰の候に、「緑愁」あり。
いや、辞書を探しても、この言葉は見当たらない。
 この季節、小酌の後、思うことがある。

 愁に終なし
 終に愁あり

 唐詩に、恰好の詩がある。『わたしの唐詩選』(中野孝次・文春文庫)から引く。

  題酒家  韋荘
 
 酒緑花紅客愛詩
 落花春岸酒家旗
 尋思避世為逋客
 不酔長醒也是癡

 酒は緑にして花は紅く 客は詩を愛す
 落花の春岸 酒家の旗
 尋思して世を避け 逋客と為る
 酔わず長く醒めたるは また是れ痴ならん
 ※逋客(ほきゃく):世捨て人
 
 この本、上記に続いて、韋荘の詩を2篇曳くが、その結句は、いずれも<断腸>の想い。
 荷風にまた「断腸亭日乗」あり。
 当月の記を読んで、更に寸酌。御免被蒙。
posted by vino at 19:24| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月02日

ナナカマド

 
DSC03717.JPG  庭に植えて5年目になろうか、ナナカマドに、今年初めて蕾がついて、間もなく花が見られそうだ。
 秋の真っ赤な紅葉を楽しみに植えたものだけれど、夏の暑さに負けて、毎年、夏の終わり、色付きの季節を待たずに枯葉となって葉を落としてしまう。
 紅葉が難しければ、真っ赤に色付く実生りを、と期待していただけに、初物をいただいたようで嬉しいやら気が揉めるやら。
 
 古くから、花の色に託けて人生の無情、人恋を歌った歌は数多く見られるけれど、不粋な当方には、花影の向うに恋する人影は見当たらない。

わが恋はみ山がくれの草なれや
    しげさまされど知る人のなき 小野美材『古今集』
posted by vino at 10:55| Comment(0) | 庭には・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする