2008年11月29日

滴(断想)

 
エ.JPG 雨上がりの木々の葉末に宿る小さな滴の中に、宇宙は在る、いや、よく見れば滴そのものが宇宙であると分かってくる。滴の形が、それを証明しているからだ。
 滴は、凝固も拡散もしていない。内に籠もることもなく、外に糜爛することもなく、ひとつ、でいる。
 それ自体で完全に充足している球体は、そのまま全方位的に宇宙の在り様を示している。
 地球は水の星、というけれど、それは自己讃美であると同時に、少なくとも、太陽系の他の惑星に、未だ水の存在を見出せないでいる私たちの焦燥感をも意味してはいないだろうか。
 化学式を明らかにして、人工的に水を作ることを得た人類も、それで水の何たるかを知ったことにはならない。水の存在の謎を、未だ解き明かせないでいる。それは、水がなければ生命を保つことの出来ない生物の謎であり、何より、生命そのものの謎が不明であることでもある。
 水は、大地に潤いをもたらしてくれる。
 水はまた、人体をも濡らす。否、人体の60%、血液の90%は水分というから、すでにして生命は水に浮遊している。 固体、気体そして液体と、水の三態をいうけれど、生命の在り様も水の異相とすれば、雨滴に収斂された宇宙を透かして、途方もなく完璧な水の集合体と見えてくる。
 
 膜をもたない界面体の一滴は、1グラムという重さで鎮もっている。
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2008年11月22日

メトロノーム(断想)T

---貝殻は、落とした肉体を悔いているか
  波と風と砂に---

 昔、ゼンマイ仕掛けのメトロノームがありました。
 先生が教えてくれました。
「いい、これは時を刻むものではなくてね、時を紡いでくれるものなの」

 それは、角錐形の正面の真中に、一本の大きな針が、何故か上を向いて付いていました。
 その針の途中に小さな遊錘が付いていて、それを上下すると、メトロノームの針は、遅くなったり速くなったりして、几帳面に左右に振れました。
 
S.E. メトロノーム・ANDANTEで

「これがandante、歩くように・・・」

 先生のヒールの音が重なりました。そして、メトロノームの刻むテンポに合わせて指先を泳がせながら、美しくしなやかに、腕を振っていました。
( 間 )
「先生、メトロノームが遅くなってきましたね。ゼンマイを巻いていいですか?」
「よく分かったわね、お願いね、優しく、してね」
 僕は、嬉しくて嬉しくて、メトロノームの背中にある金色の蝶ネジをゆっくりゆっくり巻きました。心臓の音が、メトロノームの呟きより大きく聞えました。胸の鼓動とメトロノームのテンポが少しずつずれてきて、そのせいで、僕は、ちょっと息苦しく感じました。
「***君、MAESTOSOにセットしてくれませんか、先生、ワルツが踊りたくなってしまったわ・・・」

S.E. メトロノーム・MAESTOSOで

「アン・ドゥ・トゥロア、アン・ドゥ・トゥロア・・・。ね、***君、いらっしゃい、一緒に踊りましょう」
 先生の白いブラウスの胸元が、急に大きくなって近づいてきました。 
 黒いロングスカートが、揺れていました。

M : ショパン‘NOCTURNE’(「夜想曲」第20番 嬰ハ短調)B.G.M.レベルで

(12月8日へ続く)
posted by vino at 10:00| Comment(0) | 掌編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月17日

交差する時間 - ホンの少し

私の来歴とは何だろう
私は私のことのホンの少ししか
分かってはいない
数人の人にホンの少しの思い出しか
残してはいない
一人の人と分かり合えた振りをして
共にその分だけ時を過ごした
入れ子構造のように思い出はある
焼け焦げた臭気を放つ鋳型から飛び出た
手に余る悔いもある

私の来歴とは何だろう

私は欲張った分だけ得をして
得をした分だけ損をして
草臥れた分だけ喜んで
喜んだ分だけ悲しんで
悲しんだ分だけ夢を見て
夢を見た分だけ失望して
今日も私の来歴を偽っている

私は私のことのホンの少ししか
分かってはいない
数人の人にホンの少しの思い出しか
残してはいない
一人の人に沢山の気紛れを与えて
その分だけ時が流れた
posted by vino at 19:29| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月15日

落ち葉(断想)

「落ち葉が落ちる」という言い方はおかしいだろうか。
 落ち葉とは、木の梢を離れ地に降り敷いた木の葉、と一般にいう。落ちるべくしてあった葉が、落ちるべき時に落ちる。このことに、何の不思議も感じないでいる。

 落ち葉には、木の梢にあった時から、否、葉を落とす樹種の本然そのものの中に「落ち葉」は既にあったはずで、だから、地に落ちたから落ち葉となったわけではなく、すでにして落ち葉は落ち葉であった。

 人間は必ず死ぬと決められている。(人間に限らず生あるものは、というべきだろうが)
「死ぬ人間が死ぬ」、という言い方は、当然のことを事ごとしく述べることになり、実は何一つ語っていることにはなっていない。だから、人は苦もなく、「人間は死ぬ」、と言い換える。生あるものの中に、既に「死」があるのに、である。
 しかし、「落ち葉は落ちる」、と言った途端、人は自分の俯瞰を見抜かれたような落ち着きの悪さを感じる。

 庭に、落ち葉が落ち続けている。一掃き集めると、空いたその小さな隙間を待っていたように、次々と落ち葉が落ちてくる。
 梢には、冬芽が用意されている。
posted by vino at 11:53| Comment(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月09日

交差する時間 - 錆

それは視覚の拒否から始まる
美しくあったものが美しくあろうとした刹那
それは襲い掛かってくる
時間が擦れる音を立てて
そのものをガランドウに覆い尽くす瞬間
人は錆をみる

錆は見えるものを見えないように
見えないものを見せようとして
増殖する

錆にも美しさはあるので
鋭利な刃物がつくる金属の切り口にも
負けない錯誤が起る

幾層にも重なった襞ひだの中に
歓喜のうめきをあげて生まれ続ける

母体となったものを犯した末に
爛れた雌雄同株となって鎮まる

それは視覚の喪失から始まる
美しくあろうとしたものが美しくなった刹那
それは瞬時と永遠とを重奏させ
猛烈に燃えながら死んでいる
posted by vino at 19:37| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月04日

忘恩(断想)

 振り返ってみると、気付かずに過ぎた落し物が、点々と影をつくっている。
 一つひとつを手繰り寄せても、初めて手にした時のときめきも、恥じらいも、匂いも、温もりも忘れてしまっていることを思い知らされる。
 知らずにはしゃいで過ごしたあとに、その人の心の内に気付いて愕然とした思いが残る。 
 その人は、何故、あの時、黙っていたのだろうか、何故、率直に心情を吐露しなかったのだろうか、などと詰ったあとで、その人の優しさに改めて思い至って、恥じる。

 風塵に巻き上げられるように、乾き切った事共だから、届かなかった思いだけが取り残され、無機質な骨となって露出している。

 年を経るとは、これらの骨との対面を強いられることでもあり、それらを包んでいた輪郭を懐かしむことでもある。

 草生して久しい鉄路の果て、錆びた輪轍機が無言でいる。
 耳を澄ませば、ホームにあった喧騒や、その人の涙が甦る。

 雲がかすめて飛んで行く稜線に立てば、360度の眺望の中にその人のはにかんだ顔が浮かび、ガレ石を踏む靴音の中に、微かな呟きが谺する。

 転輾として、沈まぬベッドの軽さを知らされる。
 空っぽのベッドの広さを、悲しむ。

 澪標は、静かな水面に濡れながら並んで佇立している。
 忘恩の数の如くに。
posted by vino at 19:31| Comment(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月02日

No.400 いろは歌

 色は匂えど散りぬるを
 我が世たれぞ常ならむ
 有為の奥山今日越えて
 浅き夢見じ酔ひもせず

 いろはにほへと ちりぬるをわか
 よたれそつねな らむうゐのおく
 やまけふこえて あさきゆめみし
 ゑひもせす

 本来は、今様風に七五を4回繰り返すかな書きであったらしいが、上記のようにかな文字で7音ずつ表記して末尾の文字を続けて読むと、「科なくて死す」と読めるところから、柿本人麻呂作では、など、古来諸説あるらしい。
 その辺の考察は、専門家にお任せするとして、来年一月予定の図書館友の会の定期発表会に、この「いろは歌」を、次のようなスタイルで読もうと思っている。
 
 @謡 A女形 B歌舞伎 C浪曲 Dお経 E伝法 F今様 G標準語。
 
 もとより、夫々の真似事に過ぎないけれど、意味も分からぬままに習い覚えた「いろは歌」を、少しでも違った形で聞き手の耳に届けることが出来れば、と。そして、夫々の間間に、子どもの頃読みあげた、棒読みを加える。その時には、太い孟宗竹の輪切りで作った「モクギョ」を叩く趣向。
 練習の度に、浪曲のところで咳き込んでしまう。それならいっそ、そこで突っ込みを入れて、笑いをとろうなど、いろいろと悩んでおります、酔いもせず。
posted by vino at 09:49| Comment(2) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月01日

影(断想)

魂の重みに任せ、とある広場に降下して行くにつれて、一つ、赤い点が見えてきた。吸い寄せられて見ると、それは発条仕掛けの掌に乗るほどの大きさのブリキのおもちゃの自動車だった。横腹にある発条巻き用の蝶螺子が金色に光っている。

広場には誰もいない。おもちゃの自動車の他のみんなは透明になってしまったらしい。石畳には光が溢れ辺りが白く輝いている。何やらの喧騒が地の底から湧いている。

南中した太陽光に僕の魂だけが黒い影を落としている。
posted by vino at 09:07| Comment(0) | 掌編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする