2009年10月31日

秋の色


ツルウメモドキ.jpg 隣家との間のフェンスに這わせているツルウメモドキの実の仮種皮が三つに爆ぜて、赤い実が顔を出している。
 
 先日、旧町屋発電所の奥にある、「杜の詩」という喫茶店で、壁いっぱいにツルウメモドキが飾ってあるのを見て、店のママさんに訊いたところ、山採りは実の青いうちに採るのが肝要で、実が落ちずに長持ちする、と教えてもらった。
 もう一方の壁には、女優の余貴美子や笑福亭鶴瓶の似顔絵。
地元でロケがあった、映画「Dear Docter」の出演者たちが立ち寄った際、店のマスターが描いたものとか。
 以前、当ブログで触れた、樽のスピーカーやCELTIC WOMANのCDを聞いたのもこの店。
 
 小庭のツルウメモドキの赤い実をスケッチ。
(WATSON紙 F3 holbein cake colors)
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2009年10月30日

初 物!

 11月になると、寒気の影響でグンと気温が下がるとの予報に、慌てて薪割りを始めた。
 先日、K 君の持ち山で40センチほどに伐ってもらった楢の木40ケ余り、割らずに庭に転がしておいたもの。径10センチ前後の細いものは二つ割り、30センチ以上のものは四つ割りにする。
 斧を振りかぶって一閃、パーンと弾ける音がして割れた白い木肌が陽にまぶしい。
 さっそく、音を聞きつけたジョウビタキが寄ってきて、カッ、カッ、クッという鳴き声で催促する。椚だと、厚い樹皮の裏側から必ず何かの幼虫が出てくるのだけれど、今回は、樹齢50年未満の若い楢の木なので、「ご免、何も出てこないよ」というと、「分かってますよ、また来てみます。怪我のないように」とどこかへ飛んで行った。
 
椎茸.JPG何本目かの割れた片割れが飛んだ先を見ると、そこにある榾木に、危ない危ない、小さな椎茸の赤ちゃんが顔を出しているではないか、当たらなくて良かったねぇ。
 去年の春だったか、椎茸菌を打ち込んだ榾木を3本、K 君が届けてくれたのだった。その時、来年には収穫出来るよ、と言っていたけれど、出た、出た、出ました。
 背丈、傘の径とも2センチほどの小さなものが顔を出している。だけど、これから霜の季節がやってくるのに、こんなに小さくて大丈夫なのだろうか、寒さ対策は必要なのだろうか。
 報告がてら電話した K 君は、携帯電話を家に置いたまま出かけていて留守。帰りを待ちながら、惚れ惚れと眺めているところ。
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2009年10月29日

サザエさんを飲む


DSC05395.JPG「これ何でしょうね、蕎麦猪口?」
「でしょうね、でも良いし、お猪口でも良いし、ご夫婦ご一緒にお茶を飲んでも。何しろサザエさんですからね」
「あぁ、慌てん坊ってこと?だから如何様にも使って良いと」

 東町通りの骨董屋さんで見つけた、サザエさんとマスオさん。
 珍しく、マスオさんが悠々と寛いでいる側で、サザエさんが何か一言言いたげな面持ち。吹き出しの台詞がない分、あれこれふたりの会話を想像してニヤニヤしている。心持、マスオさんが小さく見えますが。

 今、常陸太田市の商店会が、「スロータウン鯨ケ丘 十五夜〜十三夜 秋の収穫祭り」を開催している。
 その地形から、古来、鯨ケ丘と呼ばれる旧市街地は、昔の賑いは疾うに遠のき、いずこも同じシャッター通りになりつつある。
 さしてはならじ、と商店会が知恵を絞って売り出しを行い、「鯨」と染め抜いた幟を立てた商店では、本来の商いの他に古民具、昔の写真、時代物の資料などを展示している。文化7年(1810年)築といわれる町家も、現役の書店として頑張っている。
 10月3日が旧暦の8月15日で十五夜、30日が同じく9月13日で十三夜、そして11月1日が9月15日で十五夜。題して「和暦の時間が流れる街」。
 間もなく秋の新蕎麦も出来ますれば、「いぢど、きてみだらいがっぺ!(一度、お出でになってみてください)」。

 今夜は、サザエさんの愚痴とマスオさんの言い訳に耳を傾けながら、一酌。
 アレッ、マスオさんの足、舐めちゃった!!
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2009年10月27日

ハナミズキ

 
ハナミズキ.jpg 庭木でも、実のなる木はことのほか楽しい。今頃の季節、小庭では、ウメモドキ、ムラサキシキブ、シロシキブ、ヤブコウジが実をつけている。鉢植えの夏ハゼは、昨日の台風20号の風で葉があらかた散ってしまったので、紫青の実が目立つようになったせいか、今朝から、尾長の番が来ては啄んでいる。
 スケッチは、ハナミズキの実。これは写生ではなく、毎朝メールで送っていただくTさんの絵の模写。構図といい色使いといいタッチといい、ため息をつきながら拝見している。余りにもきれいな赤い実を見て、ついフラフラと。見比べて、また、ため息。
(ワトソン紙 F3 ホルバイン・ケイクカラー)
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2009年10月25日

「人の心は変わるんだよ」

「人を好きになることが、相手も自分も、バラバラ、ボロボロに毀してしまうことになる、そんなこともあるんだ・・・、君には分からないだろうな」

 18歳の僕には分からない。淡い恋心は抱いても、それを相手にぶつけてお互いに身も心もボロボロになるなんて、信じられない。恋は甘く切なく、愛は限りなく無償の冠を戴いて光輝いている、そう思っていた。
 ただ、2歳年上の N が言葉の途中で言い淀んだ数秒の間が、途方もなく広く大きく広がって、何ものかのおぞましい背中を見たように思った。

 
IMG.jpg 例によって、乱読のこと。
『荒地の恋』(ねじめ正一著・文藝春秋)
          ○
 長い沈黙のあと、治子に向かって言った声は自分でも驚くほど優しかった。
「人の心は変わるんだよ」
 やはり長い沈黙のあと、
「わかりました」
 ささやくような声で治子が言った。
「じゃあ」
 さよなら、とは言えなかった。北村は受話器を戻した。
          ○
 悲しくて可笑しくて、そして温かい。
 あー、人ってこういう風に人を愛し人に愛されて死んで行けるんだという羨望と安心感が、読後に湧いてきた。
 話は、詩誌「荒地」に集まった面々の生き様、死に様。その相関図、人間模様の中に、一筋、北村太郎の詩篇が経緯を織り成す。
 田村隆一、鮎川信夫など描かれる登場人物のほとんどが実名で(もちろん筆名もあるが)登場するのは、作者ねじめ正一の先輩詩人群像に対する畏敬の念がそうさせたのであり、残した作品の向こうに彼らの素顔が覗くのは、何より人の優しさを憶測する懐の深い文体の手柄に違いない。
「生きることはそんなこと」と呟きながら・・・。
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2009年10月24日

叫ぶ人、山崎ハコ

 ヴォイストレーニングをしていない生の声が、キンキンに叫んでいる。時に、耳を覆いたくなるのに、何故か聴き続けてしまう。

「てっせんの花」というカセットテープで山崎ハコの歌を聞いた時の印象は、複雑だった。単なる下手ウマとも違う。心の叫びを、ここまでやるか、この人は何故こんなに心から叫べるのだろう。哀訴でもなく、愁訴でもなく、どこか熱い。不思議な魅力があった。
 落ち込んだ時、雨の降る日などは繰り返し繰り返し聴いた。励ましのメッセージがあるわけではないのに、俺はまだ、彼女が歌う「以下」ではない、ギリギリのベースを歌ってくれている、そういう思いが支えだったのだろうか。
 改めて録音年を見てみたら、もう25年前になる。
 
「山崎ハコ with 安田裕美」という記事を新聞で見て、前売り券を申し込み、今夜、ライブに行く。
 安田裕美は山崎ハコの夫君で、知る人ぞ知る実力派のギタリストと聞いた。
 彼女は、今でも叫んでいるのだろうか。中島みゆきのライバルと目された時期もあったり、事務所の倒産などでボロボロになったりと色々あったらしいが、今の彼女がどのようなスタンスで立っているのか、それを聴きに行く。

10月24日 p.m.6:30開場、7:30開演
於:水戸市新荘町・ボージャングルス 
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2009年10月21日

芸術の秋

 この秋、人並みにゲイジュツに触れる機会が増えそうでワクワクしている。中には、ご縁のある方もいらっしゃるので、皆さんにも足を運んでいただればと思い、列記します。

@10月25日 「東京芸術大学同声会茨城支部演奏会」 於:水戸市民会館ホール
 これには、ひたちなか市にお住まいの琴の演奏家 大須賀佳緒里さんがお仲間と出演される。
 筝、十七絃、三絃、琵琶、尺八そして打物と、和楽器奏者13名が並ぶ大編成。大須賀さんのお便りには、「大河ドラマのB.G.M.のように圧巻です」とあった。
A11月1日 「林 洋子ひとり語り - 宮沢賢治」 於:柴又帝釈天鳳翔会館
 薩摩琵琶の弾き語りで『なめとこ山の熊』、ご自分で作曲された『文語詩朗唱』数編。
 女性の年を言っては失礼だけれど、80歳に近い林さん、ますます意気軒昂、全国を飛び回っていらっしゃる。
 長らく絶版になっていた、賢治の作品の語りのCDが復刻された由、会場でお会いするのが楽しみ。「お早めに会場へ」と添え書きをいただいた。
B11月13日 「ないとうきみこの夜のプロムナード」 於:センチュリープラザNAKA
 ないとうさんは、当方の朗読の先生。元茨城放送のアナウンサーで、昼の定時番組のほか、深夜放送の番組で、その濃艶な声と語り口で多くのリスナーの耳と胸をとりこにした、姐さんです。ヴァイオリンとのコラボレイションで「浅茅原の一つ家」を語るそうで、ライブ後には立食パーティーがある。姐さんは多分飲むんだろうなぁ、いや、きっと飲む。
C11月15日 「錦 繍」 於:水戸芸術館ACM劇場
 宮本 輝の同名の原作を、英国人演出家 ジョン・ケアードが脚本・演出を担当。鹿賀丈史、小島 聖他。藤原道山の音楽・演奏がどう絡むのだろうか。幸い、まだ原作を読んでいない。
D12月12日 「室内楽・クリスマスコンサート」 於:パルティーホール
 ザ・スーパートリオ:足立さつき(ソプラノ)、赤坂達三(クラリネット)、斎藤雅広(ピアノ)による名曲の数々。
E12月22日 「花供養 - 白洲正子の能」 於:水戸芸術館ACM劇場
 これは、まだチケットが発売になっていないので、実は秘密にしておきたいのです。

 このほか11月には、小澤征爾指揮による、水戸室内管弦楽団の定期演奏会が予定されているけれど、これは、チケットを手に入れるのは難しい。例年、発売と同時に即完売となってしまう。そのチケットを手に入れるだけのために、年会費を納めて賛助会員になる人がいるくらいで、全国から、クラシックファンが殺到する。

 と、まあこんな具合です。
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2009年10月19日

文字化け

 先日、当方のブログに目を通してくれている友人の一人からメールが届いて、文字化けを指摘された。
 さっそく確かめてみると、「手紙」(’07・5・24)という記事の最終行、「以来、額紫陽花を見ると、ろうたけたその女を思い出す。」の「ろうたけた」以下が、まったく心当たりのない漢字の羅列になっている。
 実は、「ろうたける」は、標準では漢字に変換されないので、ツールの中のIMEパッドを使って辞書登録をしている。だから、今もこの記事を書いている「新しくBlogを投稿する」の画面では、例の、草冠に月+葛の草冠なしの「ろう」に変換されるのだが、記事を「保存」し、トップページになると、先の話のように文字化けしてしまう。
 友人に指摘されて驚いて再編集を試みたけれど、何回やっても結果は同じ。止む無く平仮名にしてアップし直した。
 KDDIに訊ねると、IMEパッドとInternet Explorerの不具合と考えられるという話で、そこから先、何処に問い合わせをしてどう処置すればよいのか、皆目見当がつかない。

 漢字の使い分けを含めて我が国の国字・国語問題は、一部識者の憂慮を他所に、ますます混迷を深めているけれど、そのひとつに、平仮名書きが増えたことがあるのではないだろうか。
 新聞、雑誌に限らず、文学作品の単行本に於いても然り。
 複雑、煩雑、難解を理由に並べたて、国字・国語がどんどん訳の分からない方向に行っているように思えてならない。
 もっとも、当方にしても、余り偉そうなことは言えない。僅か数行の文章を書くのにも辞書は離せないし、時には、虫眼鏡で字画を確認する始末だ。
 しかし、本来の意味を踏まえて意のあるところを表現しようとすれば、どうしても漢字で表記したくなる。「ろうたける」にしても、漢字でなければそれを体現する女性にそぐわないし、何のことか分からなくなる、と思えてならない。
 漢字は単なる表音文字、記号ではないはずであり、その方向を指向すれば、益々、死語が増えるばかりと思うがどうだろうか。
posted by vino at 17:11| Comment(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月15日

薄の穂


DSC05342.JPG「あのォ、すみません」とうしろから声をかけられた。
「あ、検査終わりました?」
「いえ、もうひとつ」
「時間かかりますね。くたびれちゃった」
 同じ検査のコースなのか、彼女とは前後して検査の度に待合コーナーで顔を合わせていた。
「さっき、面白いことをおっしゃってましたよね」
「え!?」
「血液が赤いのは不思議だって」
「あぁ、あれ聞こえました?」
「えぇ、カーテンの陰で。私の採血は特殊な血液検査のためなので、ベッドに横になりながら。少し時間がかかるんです」
「そうですか。看護師さんが採血管を5本も並べるのを見て一寸怖くなって、どのくらいの量採血するのか訊いたんです。そしたら、僅かに100cc位ですって言われて、少し恥ずかしくなったもんだから、照れ隠しに思ったままを看護師さんに言ったんです」
「わたし、血液の病気なんです。検査のたびに落ち込んでしまって。で、あなたの、『血液が赤いのは不思議ですね』って言われた言葉に、採血の管を流れている自分の血液を見ていたら、いつもは嫌で見ないんです、でもお話を聞いて思わず見たら、真っ赤でした。わたしも、不思議だなぁ、って思ったんです。そしたら、急に身体があったかくなってきて、身体の中から力が湧いてくるようなすっきりした気分になって。で、嬉しくなって、気持ちをお伝えしたくて、すみません、不躾に声をかけたりして」
「いえ、こちらこそ。貴女と会えて元気をもらいましたよ」
 その二十歳前後と見える女性は、白い顔を少し紅く染めて微笑んだ。黒いタンクトップのインナーがのぞく、ルーズなショッキングピンクのセーターがよく似合う。
「これから?」
「○○検査です。それでおしまいです」
「じゃあ、僕と同じだ」
 ふたりで、エレベーターを使わずに、鉄扉の開いている階段室を下りて、一階の○○検査室に向かった。
 途中、一階通路の角にある花屋の前で、彼女が立ち止まった。水桶に投げ入れてある薄の穂に指先で触れながら、呟いた。
「大好きなんです、薄の穂。風に吹かれて青空に輝いて見えるのが。入院中、ずっと見てました。でも、その時は病室の白い壁がバックでしたけれど」
 一年前の、薄の穂が風に揺れる季節、彼女はベッドの上にいたらしい。

 疾うに昼時は過ぎていて、○○検査室の待合コーナーは閑散としていた。
 いくつも空いているベンチに、少し間を明けてふたり並んで座った。言わず語らずに、お互い少しずつ元気を分け合っているような気分だった。
 大きな声で励ましあうより、何かを感じあう雰囲気の方が時には力と勇気を与えてくれるのかもしれない。
posted by vino at 10:07| Comment(2) | 掌編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月12日

交差する時間 - 水母

水の中、淡々(あわあわ)と水母は泳ぐ

今日、光を浴びて水色に光っていた水母が
気まぐれに昨日まで泳ぎ遡って行き
温かい、少年の指に掬い採られた

ふたりして
メビウスの輪に連なった時間を弄んだ
ために

明日、冷たい、少年の眼差しに見詰められながら
水母は淋しく死なねばならない

水の中、淡々と水母は泳ぐ
posted by vino at 14:32| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月09日

交差する時間 - カマキリの卵、または気配

君の残した卵の在り様から
君の知恵を讃えるのは止そう

君の卵は生命全体の歴史を包括する
神代に生きた人々が得た霊感そのまま
彼らが抱いた畏怖そのまま
彼らが為した祭祀のあれこれ
風にも石にも草にも木にも
太陽や海や山、川の流れにも
君の卵は内在する
君の卵は森羅万象の中で搖藍されている

君の残した卵の在り様から
生命の脆うさを忖度するのは止そう
そこには
十分に楽天的な、柔軟でいて堅固な
軽重を超えた確かな手応えが充満している
そこには
何ものかとの相克も葛藤も緊張も見えない
聞こえるのは
君が歌っていた子守唄

君の残した卵の在り様から
孵卵の時ひとり君の子孫だけではなく
ひょっとして僕の希望も産まれる、
そんな気配がする
posted by vino at 15:20| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

カマキリの卵

「お化け屋敷の生け垣みたい」
「そうだね。でも、まだ実が四つも付いているんだ」
「季節外れで、どうせ食べられないわ」
「そうかもしれない。だけど日に日に大きくなってきているんだもの、それを無碍には処分出来ないよ」
 
カマキリの卵.JPG 夏の暑さ凌ぎにとグリーンカーテンに仕立てたゴーヤの季節が過ぎて、縮れた枯れ葉や蔓が、心細げに風に揺れている。
 ひと夏中、ゴーヤの葉叢を棲み家としていたカマキリの姿が見えない。身体が茶色い枯れ色になって、お腹が大きく膨れていた雌のカマキリだった。ついぞ、雄の姿は見かけなかったから、うわさ通り、彼女との交尾のあと、その腹中に納められたのかもしれない。

 左見て右見てひとり枯れ蟷螂  vino

 それにしても、余りにもみすぼらしいので、枯れた葉と蔓を鋏で落としていると、カマキリの卵が一つ、目についた。件のカマキリが産みつけたものに違いない。
 雪国では、木の枝に産みつけられたカマキリの卵の地面からの高さで、その冬の積雪の多い少ないが分るという言い伝えがあるらしい。
 仙丈庵の窓から見る卵の位置は、ちょうど椅子に座って見る高さ、地上からだと1.5メートルほどのところにある。
 当地の積雪は、多い年でも10センチメートル前後ほどだから、この目線の高さは積雪の多寡には関係ないはずだ。ということは、朝夕に卵の行く末、子の誕生を見届けて欲しいという、顔見知りになった当方へのカマキリの母親の無言のメッセージなのだろうか。
posted by vino at 09:06| Comment(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月04日

交差する時間 - プラットホームに吹く風は


DSC05138.JPG
             (JR富山駅2番線ホームにて)

プラットホームの水たまりを水鏡にして
あのひとは微笑んだ
昼下がり
風に揺れただけの細波が
消えた時
思い出とともに
あのひとは消えていた

プラットホームの柱陰にそっと寄り添って
あのひとは泣いていた
昼下がり
幸せだったはずの年月が
浮かんだ時
思い出を捨てて
あのひとは消えていた

空っぽのホームの水たまり
空っぽのホームに風が吹く

空っぽのホームの水たまり
空っぽのホームに風が吹く
posted by vino at 07:50| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月03日

動くな!

 
IMG_0001.jpg 寝姿をそっと描こうとしたら、気配を察してむっくり起き上がってくる。「そのままっ!」と言ったのに、尻尾を振って近づいてきてスケッチブックを舐めはじめた。
娘一家が飼っている小型犬、「チャッピー」。生後一年になるトイプードルとシュナウザーのミックスだ。
「オジン顔だな」と言ったら、小六の孫娘に「オジン顔のじいじに言われたくない」とにらまれてしまった。
「そう言わずに座らせてよ、美男子に描くからさ」となだめて、ポーズをとらせてもらった一枚。
posted by vino at 10:14| Comment(2) | 絵空事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月01日

季節違わずに

 
白花イワシャジン.JPG 

 先日アップした、紫花イワシャジンに続いて、白花イワシャジンの花が咲いた。細い、細い針金のような茎に、下を向いて釣鐘状の花が咲く。カメラを向けると、風を呼んでいやいやをする。


柿の葉.jpg 紅葉した柿の葉が、落ちる。肉厚の葉だから、音を聞かせながら落ちる。拾い集めては、矯めつ眇めつして、つくづく、自然の配剤の妙を思い知る。絵の具ではとても表現できない、と思いながら・・・。
posted by vino at 13:46| Comment(2) | 絵空事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする