2009年12月31日

見ぬ行く末も見しことも

 今年も、自分の思いがすぐに活字になるという魔力に魅せられて、随分、駄文を書いてきた。年々、大晦日だからといって格別な感慨も湧かなくなってきているが、これも年のせいなのだろうか。
 ところで、このブログの機能に、「検索ワード」という項目があって、当方の記事の内容に多少なりとも関わりのあるものもあれば、心当たりのないもの、へえー、その手があるのか、と感心させられるものなど多趣済々で、興味をもって開いてみる。
 ここ一週間ほど、何故か長文のものが多く、今回のタイトルもその一つ。残念ながら、今はその出典すら思い浮かばないけれど、大晦日に突きつけられると甚く感じ入るところがある。以下、括弧書きしてみると、
< 枯葉と紅葉とどう違う >。これは簡単なようでなかなか難しい奥の深い疑問で、日本人の情感に始まって、わび、さびとまで言及すれば、優に一冊の本が書けそうに思うが、師走の忙しさに紛れて一言、色気のあるなし、と答えておきたい。
< 思うように彩れなかった私の人生 >、< ニュートンの七色独楽 >、< 好みの男性 >、< やえこ >そして< かぞえてゆけば会えます >と続く。彩れなかった人生は、これは話し出せば「語るに落ちる」ことになりそうなので、ニュートンの七色の独楽に彩ってもらうこととして、いきなり「好みです」と言われてドギマギするのも大人げないけれど、そうあったらいいなあという思いがないではない。だから、< かぞえてゆけば会えます >に希望を託したくなる。< やえこ >さんは、僕の初・・のひとの名なので、< ごめんなさい人形 >の陰に隠れることにする。
< まめやかの心の友 >というのもある。いい表現ですね。漢字で書けば、「忠実やか」だそうで、そういう心映えの友数人と、今年も元気に交歓できた感謝の気持ちを、改めて思い起こさせていただいた。
< 蜘蛛の糸の中の文章のなかで“路”の読み方 >。当方の手持ちの新潮文庫には、「みち」とルビが振ってあります。『蜘蛛の糸』を読んで当方が迷うのは他にあって、「みんな玉のようにまっ白で・・・」の「玉」。普通に読めば「たま」でしょうが、畏れ多くもお釈迦様のいられる極楽であれば、殊更に、「ぎょく」と読んでみたくもあります。更に、犍陀多の手元で蜘蛛の糸が切れるくだり、「ぷつりと音を立てて断れました。」の「断れました」。この二か所とも、何故かルビが振ってありません。当方は「きれました」と読みたいのですが、「断」を「き」とは読めないのかどうか、まだ調べが付いていません。「たたれました」と読むと、これは受身形ですから、誰かの手によって「れる」わけで、どうもしっくりこないのです。この作品、以前『蜘蛛の糸』というタイトルでアップしておりますので、興味のある方は覗いてみて下さい。
< アランわが思索のあと >などと、浅学の身には耳の痛い文言もありました。
 
 長々と与太話にお付き合い下さり、お礼申し上げます。
 皆様には、どうぞ良い年をお迎えになりますようにお祈りいたします。
posted by vino at 17:20| Comment(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月23日

「花供養」- 面、嘆く


IMG.jpg 新作能「花供養 - 白洲正子の能 - 」(多田富雄作)
於:水戸芸術館

白洲正子の霊・尼 梅若 玄祥(六郎改め)
旅の男        宝生 欣哉
正子を知る者    真野 響子(中入り)



大鼓 亀井 広忠、小鼓 大倉源次郎、太鼓 助川  治、 笛 松田 弘之
後見 山中 迓晶、清水 寛二
地謡 梅若 晋矢 他

 中入り後、後シテ(白洲正子の霊)が、作り物(白椿をあしらった塚)から一声ののち、現れる。
 その面(おもて)は、今回の公演に合わせて新作されたもの、という。
 臥牛氏郷作の銘、「姥椿」。この面が素晴らしい。
「老女のイメージから年齢を超えた透明感のある存在として提示することが可能になると思う」(演出・笠井賢一)とある通り、この能曲のある限り、長く継承されるべき名品だろう。
 水戸芸術館のACM劇場は、特に舞台周囲の壁面全体が黒く仕上げられているので、白椿の花弁を思わせる「透明感のある」白い面が、まるで夜陰に浮かぶように妖しくも美しく映える。
 座った席は、本舞台を、笛柱と目付柱で対角線に結んだその延長上、中正面席の二段高いところだったので、シテが目付柱に歩を運ぶと正面に相対することになり、白洲正子の霊、椿の精に吸い込まれそうな「気」さえ感じる。
 前場の尼から「姥」となった後場の足の運び、所作には老いが忍び寄り、面をうつむかせてわが身を嘆く。

地謡 足萎えて胸苦し
   老いの妄執と思うなよ。
   われここにいて
   老残の姿をさらし
   散り失せぬこそ憾みなれ。

 しかし、晩年はもちろん、長く白洲正子を知る作者は、その霊に語らせる。

地謡 恥ずかしの姿も
   老いを重ねて花端然と
   咲き残る。

 この場面、『風姿花伝』第二物学條々の「老人」の項そのままに、まさに、「老木に花の咲かんが如し。」を思わせる。また、作中、詞にはないけれど、小林秀雄の「美しい花がある、花の美しさといふ様なものはない」という木魂も聞こえそう。

シテ 何と、雪とかや、
   ふしぎや。むかしの詩(うた)の、
   思い浮かびて候。<笛アシライ>
   太郎を眠らせ太郎の屋根に雪降り積む
ワキ 次郎を眠らせ次郎の屋根に雪降り積む。
シテ 太郎も次郎も在りし昔、
   ともに語りしともがらなり。

 三好達治の詩を詠み込んで、「太郎は小林秀雄の親友の夭折した詩人、富永太郎や、河上徹太郎を指す。次郎は、白洲次郎、青山二郎などを指す」(作者註)
 新作能とは言え、能をこよなく愛し、白洲正子をよく知る作者の精魂込めた傑作を楽しませてもらった一夜だった。
 
※文中の引用は、すべて水戸芸術館発行の公演パンフレットから引用させていただきました。
posted by vino at 14:28| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月18日

交差する時間 - 月

今夜の月はいつになく強情でいる
無言のまま上目づかいにこちらを見ている女に
月の満ち欠けの道理を話しながら
一歩ずつ後退りをして遠ざかる僕に
ゴシック調の塔のような光の影を投げてくる
posted by vino at 16:40| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月17日

くまさん

 20日、第三日曜日は、図書館ボランティア、ハンディキャップ班の今年最後のお勤めになる。
 9月から先月まで雑用に紛れて欠席してしまったので、発奮して、「オペレッタ 森のくまさん」を企画した。
とは言っても、これと言った筋書きはない。「森のくまさん」の歌に合わせて、参加者に代り番こにくまさんに扮してもらい、全員で花束を手にして、その回りを踊りの輪で囲む、というもの。

スクリーンの陰で帽子を被って、くまさんに変身。

♪ある日 森の中 くまさんに出会った

くまさん登場。

(くまさんと全員でお互いに)「くまさん、こんにちは」、「みなさん、こんにちは」と挨拶する。

♪花咲く 森の中 くまさんに出会った

(全員、花を手にして、くまさんを囲んで踊る)

 
くまさん正面.JPG 毛糸の帽子に、フェルトで目、耳、鼻、そして口をアップリケでつけた。カミさんも楽しみながら針仕事。


くまさん後ろ姿.JPG 後ろ姿のポッチは、尻尾のつもり。頭に尻尾?とお思いでしょうが、そこはそれ、ファンタジー、お話の世界の面白いところでしょう?

 
 さあ、みなさん、ご一緒に、「森のくまさん」を歌いましょう。この歌は輪唱ができるので、にぎやかになりますよお。
posted by vino at 17:10| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月08日

庵号を彫る - 3


DSC05500.JPG

「仙丈庵」完成。
 地色は天然顔料「久米蔵」、文字は松煙を、いずれもえごま油にブレンドした塗油を塗って拭き取る、いわゆるフィニッシュ仕上げ。赤松は堅木と違って柔らかい材質なので、どうしても吸い込みの強い弱いが出て、仕上がりが斑になり、また彫り斑も目立ってしまう。でも、古色付けとしては、まずまずの仕上がりだろうか。年内には仙丈庵の入口に掲げて、新年を迎えるつもり。
posted by vino at 15:22| Comment(2) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月03日

世界を繋ぐ、歌の輪

 大和証券のTVCMは、エビちゃんシリーズも面白かったけれど、今のPLAYING FOR CHANGEシリーズも素晴らしい。
 最近見たのは、“One Love”という曲を、世界各国のミュージシャンが、まるで一堂に会して演奏しているように仕上げられたもの。
 アメリカ、フランス、南アフリカ、オランダ、メキシコ、スペイン、インド、ブラジル、ジンバブエ、ネパール、ロシア、イタリアなどなど。楽器も、ギター、ドラムス、シンバル、ハーモニカ、民族打楽器、チェロ、ウッドベース、サックスなど多彩なものが登場するが、ホンの一瞬、瞬きする間程の時間、シタールが3度登場して、神秘的な音色を聴かせてくれる。
 これは、その道では有名なアメリカの、マーク・ジョンソンが手がけたもので、数年にわたり世界各地、100人以上のミュージシャンのパフォーマンスを収録し、それを自然につなげたものだそうで、YOU TUBEで紹介されるや世界を一つにつなげる音楽の力を人々に印象付け、大ブレイクした音楽プロジェクトだ、と紹介されている。
 ウェブサーフで行き着いたのが、例によってアマゾンのネットショップ。さっそく、“One Love”、“Stand By Me”などが収録されているDVDを注文する。
 みんな、いい顔して歌っている。何といっても、太っちょ、Grandpa Elliottのパフォーマンスが素晴らしいし、イスラエルの青い空をバックに歌うTulaに、民族紛争和解の明日を期待してしまう。
posted by vino at 14:36| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月02日

庭の実

 
DSC05479.JPG 植物の実は、鳥や動物に食べられてその種子の移動範囲を広げるもの、だから花も実も芳香と甘味を備えて目立つように装う、と教えられていたけれど、ヤブコウジの実はそうでもないらしい。余程恥ずかしがり屋なのか出不精なのか、はたまた、他人にご馳走するのが好きではないのか、ひっそりと葉蔭に身を隠している。
 葉を除けて覗くと、木の丈に似合わず大粒の真っ赤な実が姿を見せる。

 
DSC05459.JPG 6月に初めて結実を見たシロバナヤマブキの実が、黒く熟している。ヤマブキに実のなることも驚きだったけれど、あの可憐な白い花からこれほど漆黒の実がなるとは、何とも不思議でならない。
posted by vino at 14:48| Comment(0) | 庭には・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月01日

あれとこれ

 最近、少し前まで考えていたことが忽然と消え去り、ハテ、今考えていたのは何だったかな、と思うことが再三起こる。影も形も尻尾も頭も、思い出せなくなってしまう。これって、何かの前兆でした?
 特に、あれとこれと、二つ以上のことを並行して頭に置けない。だから、なんでもメモをするようになった。
アレ!?さっきのメモは何処へやったかな・・・、と未だそこまでは行っていないけれど、なんか淋しくなってしまう。
 メモ書きから、川柳2句

 カラオケの画面で驚く歌詞の意味
 C M のライバル社チームが優勝し


posted by vino at 18:57| Comment(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする