2010年01月27日

知るも仏

 毎年冬になると、乾燥肌に悩まされる家人が、今年はルンルン気分で過ごしている。
 友人に分けてもらった花梨化粧水を使い始めてから、肌のカサカサも消え、かゆみもなくなった、というのだ。
 友人の、看護師をしている妹さんから教えてもらったレシピで、先日は自家製の化粧水をこしらえた。
 庭一番の背高のっぽに伸びた花梨を、先年、目通りの高さで伐ってしまったので、去年の実は小ぶりなうえ数も少なく、収穫は10個ほどだったけれど、家人が一冬を乗り切るには十分な量の化粧水を作ることが出来た。
 
 そのレシピを紹介します。
@ 花梨の種だけを使います。花梨6個分の種を採って、200ccの水に一晩浸けます。
A こんなに、と思うほど、ドロドロの液体になります。それを、布で漉します。
B その液に、グリセリン400ccとエタノール200ccを混ぜます。
 あまり濃すぎるときは、適宜、水で希釈します。これで出来上がりです。
 その効能は個人差もありましょうし、添加するグリセリン、エタノールに過敏な人もありましょうから、「自己責任」ということで、お試しください。
 ちなみに、家人の肌のその後は、すべすべ、しっとり、柔肌をキープしております。((+_+))
 
 ところで、寒い夜はお風呂が一番ですよね。
 当方が、今、入浴剤として愛用しているのが、「 当帰(とうき) 」。聞きなれない名前とお思いでしょうが、立派な漢方薬のひとつで、古くから、婦人病や冷え症に効能がある薬草として知られているもの、だそうです。もちろん、煎じて服用することも出来ます。これは、つい最近、薬草を栽培している知人に分けてもらって使い始めたものですが、独特の芳香があって、ゆったり入浴出来るせいか、「とでもぬぐまります」。
 以上二題、寒さ対策として、お試しあれ。
  
posted by vino at 16:10| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月24日

経 緯

 以前、染色家の志村ふくみさんが言った言葉を何かで読んで、甚く感じ入ったことがある。
---織物は、人生そのもの。
曰く、経糸(たていと)はその人の生まれて寄って立つところのもの、緯糸(よこいと)はその人のその後の生活の在り様。織物とは、その経緯の糸が微妙に、ときに絶妙に折り合って成り立つもの・・・。
 
 仏教の、「十如是」の教えを見る思いで、一芸に秀でる人の言葉には、たとえ柔らかな表現でも何処か突き抜けたものがある、と胸に響いた。
 こんなことを思いながら、今、川上弘美の作品を読み続けている。
 新潮文庫で、発刊順に、『椰子、椰子』から『なんとなくな日々』まで8冊。文春文庫で『蛇を踏む』から『センセイの鞄』まで3冊。新潮社刊の単行本で『どこから行っても遠い町』。
 経糸がユルイのか緯糸がユルイのか、ユッタリと織られる作品もあれば、どちらかがキツイために、何処か歪んで見える日常生活もある。織られた布目の向こうに半可な人間模様が透けて見えることもある。
 織物が、経糸と緯糸の交差するところに、色、柄を浮かび上がらせるばかりではなく、その交点から遊離してたゆたうもの、平面から立ち上がって匂うものをも見せてくれるように、川上作品は、男と女の機微を織って行く。
 かといって、それらの手触りが、織られた反物のように手に優しく馴染むものばかりかと言えば、そうではない。実に、怖い、恐ろしい話のほうが、むしろ多いのだ。怖い、恐ろしいと言っても、オカルト、恐怖小説の謂いでは無論ないのだけれど、怖く、恐ろしい。
 日常の、あるいは生まれて寄って立つところのものの直ぐ傍にある、見えなかったもの、見ようとしなかったものが見えてくる、怖さ。
「愛」が装うものの、あるかに見える実体が、一瞬にして、人混みの中にキラキラ光るガラス片となって飛び散って行く、怖さ。
 作者の多用する「セックス」という言葉でさえ、行為を描かずに、一本の糸となって時間の流れに変節させられて行く、怖さ。
 これは、夭折した池田晶子の哲学考に、似ている。
posted by vino at 17:01| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月23日

兄弟


兄弟.jpg 味も素気もないタイトルだけれど、「兄弟」とした。
 来月18日から、絵画教室の作品展がある。二作品のうちのひとつ。
 右が、当ブログにもたびたび登場する、「自由人」君。
「絵にするんだから、下着ちゃんとズボンに入れてよ」と言っても、「これでいいじゃん。いつもの通り、そのまま、そのまま」と言ってきかない。兄が照れているのに、いい気なもんだ。
 モデル料は、ベイブレード2個ずつ。そのベイブレードで、トーナメントを戦っているが、最強ヴァージョンとかを手に入れた、「自由人」君が、今のところ勝ち頭。悔しい!!
posted by vino at 19:30| Comment(2) | 絵空事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月13日

行きつ戻りつ

 先日(1月11日)の読売歌壇の欄に、俵万智さんが選んだ年間賞の短歌と、それに対する評が載っていた。
 その評文の中に、“言いさしの結句”という言葉があった。“読み止しの本”とは、自分でも言ったりするけれど、この“言いさし”という表現は、あまり目にしたことがなかったので、評文の素晴らしさと相まって新鮮な驚きで読ませていただいた。
 短歌の世界では、余韻を残す表現法の一つとして確立されたものらしい。

 
風姿抄.jpg さて、乱読、併読のこと。
『風姿抄』(白洲正子著・世界文化社) 
 昨年の暮れに、白洲正子の能と副題された、多田富雄作の新作能「花供養」を観た折り、水戸芸術館ATM劇場のロビーで展示販売していた白洲さんの著書から、『風姿抄』を選んで買い求め、以来、この年明けまで読み継いでいるけれど、なかなか頁が進まない。雑用に追われて栞を挟むこともあり、頁を繰っては行きつ戻りつ容易に前に進めず、うろうろしている。
 白洲さんの作品には珍しく、話し言葉で書かれた項目もあったりして、いわゆるこなれた文章表現になっているにもかかわらず、幾重にも重なった、奥深い考察と鋭い感性とが湧き出るようで、面白くてわくわくしながら読んでいるのに、読み応えのある内容の濃さに、こちらがたたらを踏む、と言ったら大袈裟に聞こえるだろうか。
 言葉を尽くしても、書評など阿漕の沙汰とこの辺で“読みさし”て、次のように“言いさし”て、ご免蒙ります。
「読んでみて」
posted by vino at 11:49| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月10日

交差する時間 - 海よ、もしも

海よ、もしも君に乳房があるならば
その辛い塩水を
美味し母の乳となせ

海よ、もしも君に乳房があるならば
その青い波のうねりを
脈打つ乙女の柔肌となせ

海よ、もしも君に乳房があるならば
その深い水底を
静かな眠りの褥となせ

海よ、もしも君に乳房があるならば
その汀打つ波音を
優しい子守唄と聞かせてよ
posted by vino at 10:39| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月08日

賀状の罪 - 有子さんを悼む

 昨年暮れ、賀状を出した翌日に、有子さんの訃報が届いた。
 まだ、四十半ばの働き盛りなのに、残念でならない。文化財の修復、復元工事には人一倍勉強家で、熱い志の人だった。
 初めて有子さんに会ったのは、もう十年になるだろうか、水戸偕楽園の修繕工事の設計監理を担当された時だった。
 分厚い図面の束をしっかりと抱えて、走るように現場を回り、文化財(級)建造物修復工事の何たるかを教えていただいた。開いた図面の束には、所属する建築設計事務所の宝ともいえる先代の所長の残された、手書きの図面も混じっていて、尺、丈で記された単位を瞬時にメートル法に読み替えて、的確な指示を出し、棟梁共々目を丸くして聞き入ったのを覚えている。
「女の癖に、あまりお転婆するな」
職人気質の棟梁が心配するのも意に介さずに、スルスルと足場を登り、うす暗く黴臭い縁の下に潜り込み、自分の目で見、確かめ、測り、そして決断を下した。
 時には、足場の上や縁の下で、そのまま、納まりについて話し込んで飽きなかった。お互い本気になって、大声で議論になることもあった。
 何よりも、建造物に残された先人の技法を敬い、その志を読み取ることを説き、安易な妥協は許さない信念の人だった。
 数年前に、靖国神社境内にある茶室と池構の修復、復元工事を担当され、見事な報告書をまとめられている。
 いずれ、然るべき所で「お別れの会」が執り行われるやに聞いているので、関わりのある人たちと会って、故人を偲びたい。
 例年なら、年末ギリギリに出す賀状を、昨年は何故か早目に出してしまった。夫君の悲しみを思うと、悔やまれてならない。昨年いただいた、手作りの賀状を、淋しく眺めている。

 折りしも、偕楽園の白梅、紅梅の開花も近い。
 
 君ならで誰にか見せん梅の花色をも香をも知る人ぞ知る  紀友則

 また、昨年の春に肉親を亡くされ喪中にある人に賀状を出してしまい、松が明けた今日、寒中見舞いをいただいてから己の迂闊さを知らされた。
 ご兄弟を亡くされたときに、その辛い胸の内を聞かされていただけに、まったくもって、さきの人に申し訳なく、己の不明さに恥じ入るばかりだ。
 
 年々、出す賀状も受け取る賀状も、その枚数が減って行く。
 俳句を能くする叔父の賀状に、
 
 雌猫の髭を今年も可愛がる 栄光 とあった。

 無聊を託つのも、その年の正月の習いではあるけれど・・・。 
posted by vino at 16:44| Comment(2) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月05日

交差する時間 - 月光

月の光は物陰に回り込んで闇を濃くし
今夜も私を悲します

月の光に濡れるのは
罪ある者の定めかな

夜を明るますものと
宙に浮かぶ月とが別物に見えるのは
私の怠惰な実存の理

こんなに恋しいいのは何の所為

今夜も月の光に濡れながら
物陰に潜むものに
逢いに行く
posted by vino at 19:17| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする