2010年07月31日

何となく


シラサギ.JPG 「あ〜、7月ももう終わりよ」
「大丈夫だよ、8月が来るさ」
「!?」(大丈夫って、何?)

「花って、何なのかしら?殖えるだけなら、根を這わせて行けばいいはずよね」
「性に目覚めたってことかな」
「分からないことがあるの。花の蜜って、あの味、誰が決めたのかしら。花自身?寄ってくる虫?」
「このへんで如何ですか、なんてブレンドして?」
「きっと、味利き、テイスターがいたのよ」
「進化って、偶然と当然と必然と、えーっと、蓋然から起こった?」
「奇跡って、それらが一度に、ある時突然起こったこと・・・か」

※シラサギが飛び立つところ。残念、慌てて望遠セットが間に合わずに半ピン。
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2010年07月29日

「自然石」

 よく行くホームセンターのアート&クラフトコーナーでスケッチブックを買う。


DSC06218.JPG 「自然石 詰め放題」というキャッチコピーにつられて、小さなビニール袋にギュウギュウ詰め込んだ。
「もっと、袋を広げるように押し込むのよ」と家人は言うけれど、そこまでは出来ない。最後に、隙間に小さな粒を一つ押し込んで袋を閉じた。30センチ立方ほどの木箱には沢山の青い石が輝いている。
 まだまだ欲しいけれど、もう一袋もう一袋と際限なく欲しくなりそうで、こう言ったものは一袋で我慢することにする。
 レジに持って行って、「これ、何の石?」と訊ねると、若い女子店員が一瞬、怪訝そうな顔をしてからニッコリ微笑んで、「これはガラスです。自然石に似せて作ったものです」。「!?」
「自然石」というのは、加工の呼び名、アイテムの一つで、早く言えば、自然石風のもの。よく見るとそこはガラス製品のコーナー、とある。
 
 帰宅してから、釈然としない気持ちのまま眺めていると、どれでもいい、とりあえず一つ割って自分の眼で確かめたくなってくる。
 しかし、いざとなると、どれ一つとして半作なものはなく、大きさも色も模様もそれはそれで充足している完全なものたちと納得させられてしまう。
 
DSC06217.JPG 果たして、自然石に求めたものは何だったのか、ガラスと知らされて腑に落ちたものは何だったのか。
 半可通なりに、「自然石」を眺めながら考えている。
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2010年07月25日

黒澤止幾子さんのこと - その2


黒澤止幾子講演会.jpg 今、「茨城大学図書館企画展 茨城初の女性教師 黒澤止幾子」で、自筆の和歌などの書や愛用の遺品などのほか、顕彰会有志による私家版の読み下し文集が展示されている。
 24日には、記念講演会があったので、聞きに行ってきた。
・長谷川良子氏(茨城県立水戸高等養護学校教諭)
 「黒澤止幾子の生涯」
・斎木久美氏(茨城大学教育学部准教授)
 「寺子屋の師匠としての止幾子」
・大澤敏男氏(黒澤止幾子顕彰会会長)
 「黒澤止幾子資料の保存について」

 大澤氏は、20年近く前に縁あって黒澤止幾子を知って以来、私財を投げ打ってその生家を守り、墨書や遺品などの文献、史・資料の保存に奔走された方で、このほど、茨城大学がそれらの一部を収集、収蔵し、学術的に本格的な研究に着手することとなったことを、誰よりも喜んでいられた。
 講演会に出かけた目的はもうひとつあって、黒澤止幾子の日記や手記を読み解き、私家版ながら10冊にもなる読み下し文の冊子を上梓されている後藤則男氏にお会いすることで、お忙しい中、後日を期して再会を約していただいた。
 顕彰会の皆さんにもお会いして、日記などから何としても止幾子女史の人となりをご教授願い、自分なりに理解したいと願っている。
 
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2010年07月20日

夕明け

 夜明けがあって朝明けがある。一方、夕暮れはそのまま夜へと移ろうばかり。
 果たしてそうだろうか。

 
夕明け.JPG 日長の夏の一日も、日暮れの時間は刻々と早くなって行く。
 この頃の季節、日の出は日に日に1分ずつ遅くなり、日の入りは1分ずつ早くなる。日によって前日と同じ時刻ということもあるけれど、目に見えて昼間の時間が短くなって行くのが分かる。
 夕暮れ時、日没の少し前の頃合いに、空がそれまでより明るくなることがある。
 夕焼けのように茜に染まることはないけれど、西の空に拠った雲が黄色味を帯び瞬時黄金に輝いて薄れて行くとき、「夕明け」とでも言うべく、暫しの華やぎを見せてくれる。
 西の空が明るいと、明日への希望が約束されたような安らぎも覚える。
 浄土は何も西方に限ったことではなく、東にも南にも北にも遍く想定されていたと聞くけれど、今日一日の来し方を想い明日の行く末を念ずるには、「夕明け」の一瞬がその時なのではないだろうか。

※ 徒然草第二十段:某(それがし)とかや言ひし世捨て人の、「この世の絆(はだし)、持たらぬ身に、ただ、空の名残(なごり)のみぞ惜(を)しき」と言ひしこそ、真(まこと)に、然(さ)も覚えぬべけれ。
とあるのを見つけて嬉しくなり、慌てて追記す。2014.5.17 『徒然草』(島内裕子 校訂・訳 ちくま学芸文庫)より引用。
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2010年07月19日

グラジオラス

 
グラジオラス2.JPG 描いているうちにも花が動く、と言ったら大げさに聞こえるだろうか。
 グラジオラスは、下から順序良く咲きあがって行く。その開くかに花びらをのぞかせている蕾が、微かに微かに動くのだ。
 青いガラス瓶は日本酒の容器で、中身はともかく、その色と形に誘われて手に入れた。三角錐が、ちょっと振り向いたように柔らかく捻られている。
「中身、本当に興味ないの?」と家人にからかわれたせいか、どんな味の酒だったのか思い出せない。一刻も早く瓶として眺めたかった、それだけは覚えている。

※WATSON F-6 フェルトペン 透明水彩
 クリック拡大、100%でご覧ください。
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2010年07月18日

いつかまた 会いに行く- とうもろこし人形の「あの日」

 とうもろこし人形作家、木村拓子さんの作品を見に出かけた。
 

ただ一度だけの あの日.JPG 「それは、こちらがメインです」と言われて、慌ててそちらに位置を変えた。なるほどキャプションに正対してみると、それは哀しくも懐かしい、姉弟の後ろ姿だった。題して、「ただ一度だけの あの日」。
 反対側から正面に見たその二体の人形の姿に心惹かれて、そのまま円形に置かれた展示台の間から中に入り込んでしまっていた。
 木村さんは、とうもろこし人形に色付けをせず、顔も描かない。
「わたしは絵が下手だし、色遣いが出来ないので」とおっしゃるが、そんなことはない。いつだったか人形群制作のためのクロッキーを見せていただいたが、対象の人物の動きが瞬時にとらえられ、生き生きと息づいていたので驚いたことがある。
 木村さんは、先年、愛する弟さんを亡くされた。その悲しみが癒えることはないけれど、不図思い出された「ただ一度だけの あの日」が、この後ろ姿に造化されている。
 顔を描かない木村さんが新境地を拓いた傑作のひとつではないだろうか。
 木村さんの場合、絵はそのまま、とうもろこし人形の造形へと昇華してしまうため、未完のままに置かれるらしい。
 ちょうど、名人と言われた左官職が塗り残した壁が、アチラとコチラに通い、明と暗とを別ける下地窓という形をみたように。
 木村さんとお仲間の「ポコ・ア・ポコ展」は、ひたちなか市笹野町にあるギャラリーエスパース(029-276-3323)で、21日(水)まで開かれている。

※写真は、クリック拡大100%でご覧ください。
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2010年07月15日

もの・がたり - 青い器

 家人の主治医が桜川市にある公立病院に移られて1年が過ぎた。先生の顔を見て、世間話をしてそれだけでもいいと、片道50キロ、1時間半の道のりを月一回のペースで通っている。当初、月曜日の外来受診だったけれど、せっかく笠間市を経由して行き来するのに、日動画廊も陶芸美術館も休みではつまらないので、水曜日にかえてもらった。お陰で、企画展や常設展を見たり、沿道に並ぶ陶器店やギャラリーを冷やかしたりする機会が増えた。
 診察を終えて笠間に着くのが11時半前後になるので、そば屋に入るにはちょうど良い時間になる。
 行きつけは、陶芸美術館近くの「柊」。この店を見つけたのは去年の暮れで、店内の品書きにあった“猪肉けんちん”を食べて以来必ず寄ることにしている。(このそば屋のことは後日)
 
DSC06142.JPG 腹ごなしに何軒かのギャラリーをのぞいて、青い器を見つけた。ひとつは、五弁の花を思わせる小鉢。「食事のとき、これにラッキョウの塩漬けをくれる?」「何粒?」「そうだな、三、いや五粒」
 よく見ると、青い水の流れの模様の中に、天女が小首を傾げてほほ笑んでいる。
※ 径8p


DSC06145.JPG 何の変哲もない、色土を捏ね上げて作られた小さな楊枝入れ。色も気に入ったけれど、猪口にもならないこんな小さなものを作る陶工の姿が思い浮かんで、つい。
※ 径3.5p
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2010年07月13日

ナデシコ

 朝風や撫子ふせる雨の後  吟江

 
ナデシコ.jpg 毛先を散らすかに咲くナデシコの花も、よく見ると五弁の花びらと知る。
 何故花の多くが5枚の花びらを持つようになったのか、我が手の5本の指を見ながら考えていたら、何やら異物めいて見え始め、気分が悪くなってしまった。
 写生の本来からすれば、五弁の花びらの在り様を写さなければいけないのだろうけれど、そういうわけで、省略。

※WATSON PAPER 透明水彩
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2010年07月10日

トマト


トマト.jpg 「無農薬栽培は、病気が入ると一発だからね」と、野菜作りの先輩から言い聞かされていたけれど、いまのところ無事経過している。
 重そうに枝をたわませ、順々に色付き始めた「桃太郎」を、今朝初めて、5個収穫した。スーパーに並んでいるように粒ぞろいとはいかないものの、味は絶品。自家取りトマトの味は格別だ。
 一個、かぶりつきながら、早描き。

※ albireo水彩紙 フェルトペン 透明水彩
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2010年07月09日

サクランボ

 茎右往左往菓子器のさくらんぼ  虚子


さくらんぼ.jpg  家人が、頬張るように食べている。
「そんなに美味しいの?」と訊く。
「美味しい、青春の味よ」。
 サクランボを食べない当方には分からない味だ。
 こんなに可憐なものを、よく口に出来るよ、と思う。
 食べるのを待ってもらって早描き。
 テーブルに並べると、腰の座りが悪く、めいめいがあっちを向いたりこっちを向いたり、茎が右往左往している。

※albireo水彩紙 フェルトペン 透明水彩
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2010年07月08日

色に染まる

 万緑叢中紅一点 王安石

 ものの本によると、この紅一点は、滴るような緑一色の中に見た柘榴の花を詠ったものらしい。 
 当方の知る限り柘榴の花はどちらかと言えば朱色に近いはずだが、と手持ちの植物図鑑で調べてみたら、朱赤色の花弁、とあった。
 それはともかく、万緑とはよく言ったもので、こういった表現に出会えるのも、漢詩を味わう楽しみの一つと言える。
山も野も田畑も、辺り一帯の緑を、たったの二語で掴み取ってしまうのだから恐れ入ってしまう。
 
DSC06109.JPG 感心しながら「万緑叢中」に咲くヤブカンゾウの花を見ていたら、だんだん赤が濃くなってくるから不思議だ。
 アマガエルは周りの物の色に合わせて身体の色を変えたりするから、朱色のカエルが見られるかと期待してしばらく眺めていたけれど、花の観賞は終わったとばかりにジャンプして、緑色のまま緑の叢に融け込んで消えてしまった。 
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2010年07月05日

虹を見ながら

 
虹.jpg あ〜、この匂いは、と心に思い当たると同時に、心に浮かぶ景色がある。また、その逆に、あ〜、この景色は、と思い当たると同時に、思い出でる匂いがある。
 匂いも景色も、朧なものではない。はっきり、それと浮かぶのだ。
 景色は脳裏にという懐があるけれど、匂いが思い出そのままに湧き立つのは、何処へなのだろうか。
 感極まったとき、鼻の奥がゴチョゴチョするのと、何か関係があるのだろうか。
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2010年07月04日

おこだでませんように

 4日(土)は、市立図書館「お話会」の担当日。
 今回読んだのは、次の3冊。
『だいちゃんとうみ』(太田大八作・絵 福音館)
『うみのむこうは』(五味太郎作・絵 絵本館)
『おこだでませんように』(くすのきしげのり作、石井聖岳絵 小学館)

「これは閉架ですからお預かりします」
 
 市立図書館では、借りた図書を返却するとき、本に張り付けられたバーコードを読み取ってもらい、自分で所定の仮置き書架へ戻すことになっている。あとで係の人が整理する。3冊のうち、『おこだで〜』は、司書さんの手に残った。
「えーっ、これ閉架なの?こんないい本、仕舞って置くのはもったいないよ」
 次から次へと新刊本が届き、多い月には絵本だけでも10冊を超えることもあるという。
 かくして、名作も閉架扱いとなり、検索して探し出さなければ「お蔵入り」となってしまう、と案じたつもりだった。
「大丈夫です、これは全部で4冊ありますので、新しいものは開架閲覧できます」
(そうでしょう、多くの人に読んでもらいたい。子どもたちだけでなく、大人の読書人にも。)


おこだでませんように.jpg   少年よ
 少年の 石を 蹴る
 胸の 重さよ
 少年の 歌を 歌う
 胸の 遠さよ
 少年の 愛を 求むる
 胸の 塞ぎよ

 少年よ 大地に 立つか
 少年よ 誰彼を 好きか
 少年よ 誰彼を 憎むか

 少年の 爪を 噛む
 爪の 痛さよ

※絵は、『おこだで〜』本文頁から。この物語の全てが凝縮されている一場面。
posted by vino at 15:58| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする