2010年08月29日

「カンブリア紀層」に触れる(3)

 山道に蝶のいることに何の不思議もないけれど、一頭の蝶がひとり、所在無げに水を吸っている姿を見ることにはある種の感慨が浮かぶ。
 彼は確かに渇きを覚えて吸水行為を繰り返したには違いない。しかし、その繰り返しの中に、彼の「所作(スタイル)」が見え隠れする。
 彼は、自然に触れたがっている。辺りの空気の中で一点にある己を見たがっている。
 彼は、メルヘンの中に翔んでいる。
 山道に、ひとりの詩人が立っている。

秋の夜は、はるかの彼方に、
小石ばかりの、河原があって、
それに陽は、さらさらと
さらさらと射してゐるのでありました。

陽といつても、まるで硅石か何かのやうで、
非常な個体の粉末のやうで、
さればこそ、さらさらと
かすかな音を立ててもゐるのでした。

さて小石の上に、今しも一つの蝶がとまり、
淡い、それでゐてくつきりとした
影を落としてゐるのでした。

やがてその蝶がみえなくなると、いつのまにか、
今迄流れてもゐなかつた川床に、水は
さらさらと、さらさらと流れてゐるのでありました・・・
(中原中也『在りし日の歌』より「一つのメルヘン」)
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2010年08月27日

「カンブリア紀層」に触れる(2)

 
長谷町3.JPG ゲートを潜って砕石道を進む。左手には茂宮川のせせらぎの音、右手はうっそうとした杉林で、木下闇には山アジサイの群生がほの白い花を揺らせている。道端の叢では、か細いながら目に染みるような赤い花を付けたミズヒキの群れ。赤いと言えば、マムシグサ(ミミガタテンマンショウ?)の熟した実が、道標のように点在している。


長谷町4.JPG 進むうちに川筋が右手に変わって、茂宮川の最上流部が川床を見せ始めた。左手の崖部にも、層をなした岩盤が現れる。崖から浸み出した水が道路に小さな水たまりを作っていて、メタリックな光沢のある羽根の美しいミヤマカラスアゲハ(?)が水を吸っている。
 見習ってこちらも水筒の水でのどを潤す。ゲートからは然したる傾斜道でもなく、距離もまだ1キロと歩いていないはずなのに息が上がってしまった。
 

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2010年08月24日

ラッキョウ

 薄物を剥いで、単衣を奪うように脱がせると、白く輝く瑞々しい柔肌が現れた。

 いえいえ、ラッキョウの話です。
 土付きの地もののラッキョウを手に入れたので、根を切って首を整え、さっと水洗いをして、あとは家人に任せる。
 市販のラッキョウ漬けはどうしてあんなに甘いのだろうか。ラッキョウ本来の香味も歯触りも損なわれてしまう。そこで、当方は、専ら塩漬けのみ。
 店頭にも姿が見えなくなったから、今年のラッキョウ漬けは、今回で終わりだ。

 熱々のご飯に、黄身の濃い地卵を掛けて、フウフウいって食べる、卵ぶっかけご飯。これに、塩漬けのラッキョウとシジミのみそ汁があれば、何も要らない。
 他に当方の大好きなご飯は、この夏、孫軍団からひんしゅくを買ってしまったけれど、ミルクライス。何のことはない、熱々炊き立てのご飯に牛乳を掛けるだけ。常温の牛乳が、ご飯の温度を程良くなだめてくれる。
「げえぇー」孫たちは見ただけで避けて通って行く。

「いいも〜んだ」、美味しいご飯は、ひとり味噌っかすで味わっても美味しいのです。
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2010年08月23日

「カンブリア紀層」に触れる(1)

「太田のどの辺?出来たら行ってみたいな」。笠間に住む、陶芸家の小林征児さんから電話があった。
 読売新聞と地方紙の茨城新聞紙上で、「常陸太田市長谷町地内にある地層が、日本最古、およそ5億1100年前のカンブリア紀のもの」と紹介された記事を見たらしい。
 いずれ涼しくなったら案内してよ、というので、さっそくその下見に行ってきた。
 市街地を東に出外れた田圃道を北東方向に進むと長谷の宿がある。地内の狭い一本道を更に進むと、沢になった茂宮川に突き当る。

長谷町.JPG 地元の人に場所を訊いてみようと左手を見ると、砂防堰の滝つぼに人影。
「田畑の仕事で汗をかいた時は、ここに入って涼むんだ」と言って、着衣のままズブズブと滝つぼへ。辺りには民家もないから、専用貸切の天然の清涼風呂。
 


長谷町2.JPG 指差された方向へ進むと、沢に懸った橋を渡りきったところにゲートがある。車はここまで。ここから1キロ歩くか歩かないかで記事で紹介された地層の岩盤が露出している場所がある、と教えられたので、ゲートを潜って山道を歩き始める。
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2010年08月19日

花、いろいろ

 孫君の夏休みの宿題を手伝った。
 いつの時代も、子どもは遊びに忙しく、土壇場になってから慌てて大騒ぎ。
 
オクラの花.JPG 小6の孫君は、我が家の菜園に咲くオクラの花に驚いた。そして、改めて畑を見まわして野菜からは想像も出来ない花のあることに興味を覚え、夏休みの自由課題に、「畑の野菜の観察」をすることにした。
 小さな菜園なので、種類は知れたものだけれど、花の写真を撮ったり、野菜を輪切りにして種を採取したり、それらを台紙に貼りつけたりと、一生懸命に取り組んでいた。


ナスの花.JPG「ナスの花って、花びらが6枚あると思っていたら、不思議ね、朝顔みたいに、い・ち・ま・い・・」手伝う家人の独り言に、中1の孫娘が、「それは、合弁花って言うの。花びらが分かれているのが、離弁花」。へえー、と感心する。




カラスウリの花2.JPG「不思議と言えば、極めつきはこの花よね」と、5人の孫と感心しながら見たのが、ご存知、カラスウリの花。どうしてこんな形をしているのか、しかも夜に咲いて朝には凋んでしまう、一夜花。



「野菜の観察」で孫君が取り組んだのは、ピーマン、オクラ、キューリ、カボチャ、ゴーヤ、ナス、スイカそしてトマト。カボチャとスイカはもらいものだったので、「畑の写真はありません」とキャプションを書く。子供は正直だ。
 それぞれの花、畑の様子、輪切り、縦切り、種の写真。種は、陽にあてて乾燥させたものを、ビニールの小袋に入れて一枚の台紙に並べて貼りつけた。
「今までは、あまり気にしなかったけれど、スイカの種が小さいことに驚きました。こんな小さな種から何本も蔓を伸ばし、大きな実がいくつもなると聞いて、不思議に思いました」と、観察帳の最後に感想を書いていた。
 孫君たちの夏休みも、残りわずかになった。
「宿題は?」「まだ、残ってる。」
posted by vino at 10:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月15日

交差する時間 - 焦がれつつ

何も求めず、何も怨まず、何も偲ばずに
私は、唯、真直ぐな気持ちでいました
暑い日盛り
あのひとの怒声がワウォーンと鳴り響いた刹那
私の耳は疑いました
心に届く前に、それがありました
それが揺らめきました
それは全てでした
全ての在り様でした
身は焦がれても心は真空な冷たさに包まれました
私の罪は何だったのか
あのひとの罰は何だったのか
夏陽に曝されながら佇む私でした
暑い日盛り
真白な切なさがワウォーンと鳴り響いて
何処までも響いて・・・
posted by vino at 19:27| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月05日

ハイビスカス

 恍惚と旅の寝不足仏桑花 渡辺千枝子


ハイビスカス.jpg うだるような夏の昼下がり、夏陽の直射を受けても枝折れることなく、凛と花柄を空に向けて咲くハイビスカス。さすがに、ハワイの州花として賞でられるだけのことはある。が、画題は、園芸種の小さな鉢物。

 花の姿形と「旅の寝不足」とが結びつくと、強烈なエロティシズムが彷彿とする。

※WATSON PAPER205 F3 フェルトペン 透明水彩
posted by vino at 15:52| Comment(0) | 絵空事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月04日

ロバータ・フラック

・・・Your face,Your face, Your face
と唄って、やがてフェイド・アウトして行った。後の紹介がなかったので、心に残りながら、曲名が思い出せずそのままになっていた。

 NHKラジオ第一に、「落合恵子 絵本の時間」という番組がある。毎回、日頃思っていることを少しおしゃべりしてから、絵本を紹介してくれる。
 日曜日の朝、朝食を摂りながらこの番組を聞くのを楽しみにしている。
 いつも感心させられるのだけれど、落合さんの本の紹介の仕方は、「本を読んだ気にさせる」のではなく、「本を読む気にさせる」のが上手なことで、お陰で番組で知った本も何作か手にして読むことが出来た。また、番組の終わり近くで、お気に入りの曲が紹介されるのも楽しみで、先月の18日に、その尻尾の部分を耳にしたのが、“Your face・・・”だった。
 有難いことに、NHKには視聴者コーナーという電話受付があって、うっかり聞きそびれてしまった番組の内容や出演者、番組で流された楽曲名などの問合せに応対してくれる。
 というわけで、「あなたの顔」が「(あなたの)面影」となって甦った。
 そうだった、あの声はやはり、ロバータ・フラックだった。
“The first time ever I saw your face”(「愛は面影の中に」)

 LPレコードのタイトルのメモは見当たらなくなってしまったけれど、机の中にしまってあったカセットテープを取り出した。
 昔、年上の女のひとから貰った、ロバータ・フラックのベスト・アルバムのLPを録音しておいたもので、久しく引き出しの中で眠っていた。針のノイズが多く、決して良い録音状態ではないものの、間延びしたようなテンポとロバータ・フラックのフラットな唄声が、心に染入る。
 You Tubeで検索して、本人はもちろん、Leona Lewis、Celine Dion、Lauryn Hillなどと聴き比べても、やはりテープのものが最高だった。ただ、晩年のJohnny Cashが唄う“The first time・・・”には胸を打たれて、思わずウルウルしてしまった。
 あ〜、時は移り、愛は面影の中へと・・・。
posted by vino at 16:00| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月03日

バイバイ(断想)

 バイバイ。
 会って早々、バイバイって言うのも変だけれど、そうやって準備しておくんだ。
 別れの時が来た、だから別れるって言うのは当たり前としても、僕は嫌なんだ。それでは寂し過ぎる。
 会うは別れの始め、どこかで聞いた台詞だね。それで良いんだと思う。つまり、最初から、と言うか、常に、そういう覚悟が要るってことだね。
 だから、バイバイ。そして、こんにちは。そして、元気だった?そして、・・・。
 で、別れの時はどうするって?
 そりゃあ、バイバイさ。
 嬉しかったことも楽しかったことも、最初から別れとの二重刷りだもの、覚悟は出来てるさ。
 あー、こんな話、したことあったかな?
---僕を中心にして、地面に水平にかかる虹を見たことがある。虹色と言うには余りにも淡い、影のような、でも、しっかりとそれと分かる七色の帯が円を描いて流れていた。
 僕はその時思ったんだ。
 今、僕が中心にいるこの虹から抜け出たら、虹はどうなるのだろうか?
 虹があって僕がいる、同時に。その一方の僕が抜け出たら虹も消えるのだろうか、それとも虹は、僕のいた地点を中心に相変わらず漂い続けるのだろうか?
 確かなことは、虹はいつまでもあるわけじゃない、僕にしたって、そこから抜け出るって言うけれど、その地点から抜け出たあと、いつまでもいる訳じゃないってことだ。
 僕たちは、「過去形の罰」からは抜けられない。(言わずもがなだけれど、過去に犯した罪とかそのために受けた罰という意味じゃないよ。)
 僕は、僕の思うこと、考えること、行なったこと、僕の存在でさえ、過去形でしか語れないってことさ。無自覚の素直さでね。
 だから、バイバイ。そして、お元気で。そして、・・・。
posted by vino at 10:35| Comment(0) | 掌編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする