2010年11月30日

燃える


燃える2.jpg「薪は、一本では決して燃え続けられない」と男が言った。
「どうすれば?」と女が訊ねた。
 二人は、暖炉の火をながめながらワインを飲んでいる。
「二本、寄り添うように並べる。そして、重ねる」
 瞬間、女の頬が赤くなった。男が女の瞳をのぞきこんだ。
「わたし、酔ったみたい」と、女はソファーに身を横たえた。
 
 暖炉の炎が揺らめいている。
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2010年11月24日

シイタケ


DSC06718.JPG もう少し様子を見て、と思っているうちに、ジャンボサイズになってしまった。
 小庭のどんぐりの木の下に、友人のK君が持ってきてくれたシイタケの原木を置いている。そこに、季節外れのシイタケが5、6本ついて、そのうちの1本がみるみる大きくなった。測ってみたら、18センチ×12センチもある。左が普通サイズのものだから、優に2倍の大きさはある。5人前と言ったところだろうか。
 裏側の、きれいな襞々を見せて写真を一枚、と思ったのに、ハレーションを起こしてしまった。
 
 
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2010年11月22日

今日の一行の三十三


DSC06695.JPG

「管を用いて天を窺う」、そんな毎日への戒め。町一番の総合衣料店だった建物。
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2010年11月21日

今日の一行の三十二


DSC06703.JPG

ここでお別れです。それぞれの道があります。
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2010年11月20日

もの・がたり - キャニスター

 
キャニスター.JPG ふたを開けると、入れ子になっていて、もう一つ、へえー、まだある。都合三つ揃いのキャニスター。
 薄い鉄板に、白ペンキを焼き付け塗装しただけのこの手のものは、本来の用途には使い辛い。第一、ふたの納まりが悪く、機密性に乏しい。コーヒー豆なんかは入れられない。
 だから、胴体のロゴを見なかったら、買わなかっただろうと思う。一番大きなものの、‘Cafē.’は当然として、二つ目のものには、‘Thē.’、そして三つ目のものには‘Scure.’とそれぞれ印字されている。そうか、ちゃんと神経使ってるんだ、だったら安物とはいえ、これって洒落じゃない? と合点したのでした。
 当分は、紅茶や砂糖を入れたりせずに、三つ子のキャニスターを、それぞれのロゴを確かめながら出したり入れたりして遊べそう。
 






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2010年11月19日

リンドウ


DSC06684.JPG 2年前だったか、苔庭の片隅に植えたリンドウの花が咲いている。元の親株は去年のうちに消えてなくなり諦めていたのに、そこから30センチ以上も場所を移して、咲いている。蕾に気づいてから、一週間目の開花だ。
 日蔭がちなせいか、木漏れ日がちらちらする昼近くになって、花弁を開く。
 もっと陽射しが欲しいと、移動したのだろうか。苔の緑に染みるように、濃い青紫色の小さな花が、凛と咲いている。
 
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2010年11月16日

No.700 もの・がたり - ハサミ

 行きつけのスーパーのチラシに、「出張・刃物研ぎます」とあったので、愛用のハサミを頼むことにした。もう20年近く使っている、小ぶりなもの。
「理美容ものは預からないんだけどなあ」
「僕、プロじゃありません」
「でも、これ、プロ用のハサミだよね」
「えー、結構高かったです」
「んー、そうでもないなあ、中級品かな、よく見て。今の若い理容師や美容師は、自分で道具の手入れをしない、面倒くさがって。専門のルートで頼むと結構高いもんだからさ、ものによっては1万円前後するから、オレンとこへ持ち込むのよ。だから、わざと理美容師用の研ぎ道具は持ち歩かないの、断れるように」
「じゃ、駄目?」
「そうだなあ、いたずらはしていない(自分で研いだりしていない)ようだから・・・、ちょっと時間かかるよ」
「いいです、いいです、お願いします。で、おいくらでした?」
「そこに書いてある、ハサミ一丁1000円」
「じゃ後ほど」
 3時間後、研ぎあがったハサミを受け取りに行くと、研ぎ師のおじさん、わき目もふらずに作業をしている。
 箱形のトラックに道具がびっしり積んであって、客からの預りものの、包丁やハサミのほかに、鎌や剪定バサミ、農機具の唐鍬まである。
 家に帰ってから、カミさんの頭の白髪を1本失敬して、切れ味を試してみた。
 スパッとは音はしなかったけれど、持ち込む前とは数段違う、見事な切れ味が戻っている。
 あすの朝、口髭を整えるのが楽しみになった。

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2010年11月15日

今日の一行の三十一


DSC06669.JPG

建物の属性を離れたときに水平軸の内在に気付きながらも、屋根は以前より傾いて行った。
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2010年11月14日

今日の一行の三十


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煙を吐かない煙突は、胎内と虚空を同調させて退屈している。内実を持たない風景の一つ。
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2010年11月13日

今日の一行の二十九


DSC06672.JPG

あったはずの窓は、太陽が盗んでいった。因って、ここを過(よぎ)る人は、涙を溜めていく。
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2010年11月12日

今日の一行の二十八


DSC06664.JPG

胸の屈託を吸収してくれるかの土壁。壁の長さの分、優しさに沿って歩く。
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今日の一行の二十七


DSC06666.JPG

閉じられた窓。穴の開いた壁。強かに、何ものかに対峙している。
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2010年11月11日

今日の一行の二十六


DSC06661.JPG

開かない窓、開けることのない窓。見ていると、どうしても開けたくなる窓。
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2010年11月10日

爆 発


ガスカートリッジ.JPG ボワーッ!!!と大音響が起こり、ガチャガチャーンとガラスの割れる音。あたりには粉じんが立ち込め、瞬間、何が起こったのか分からずに呆然としてしまった。右の耳が爆風でキーンと耳鳴りをしている。見回すと、床には、引きちぎれたガスのカートリッジの残骸、粉々になったコーヒーのドリップセットのガラスの破片などが散らばっている。ストーブから立ち上がる部分の煙突がペチャンコになっている。
 えーっ、そんな〜。
 人生には次の瞬間、何が起こるか分からない、いや何が起こってもおかしくない。瞬時にそう思った。
 
 今朝は寒かった。朝食後、いそいそと仙丈庵に入り、さっそく薪ストーブに火を付けた。いやいや違う、一番にエアコンのスイッチを入れて、まだ火の入っていないストーブの上で、いつものようにコーヒーを淹れたのだった。水は、キャンプ用の携帯ガスカートリッジで沸かす。ドリップし終わったところで、ストーブに火を付けた。当然だけれど、いつもならガスカートリッジはストーブから離れたいつもの場所に移す。そうしたつもりだった。
 
 爆発が起きた。それがすべてだった。
 幸い、ガスのカートリッジの破片やガラスの欠片が身体に当たることはなかった。ひしゃげた煙突のお陰で、家人がそれらの直撃を受けることもなかった。
 人生には、何が起こるか分からない、何が起こってもおかしくない。同時に、何かに守られていることも確かだ。
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2010年11月09日

人生の謎


IMG.jpg 29回目の結婚記念日に、男と女は、ベッドの中でシャンパングラスを合わせて祝った。
「嘘が上手ね」と、女が言った。
「騙され上手だね」と、男が言った。

 30回目の記念日の前の日に、シャンパングラスを叩き割って、二人は別れた。
「嘘が下手だね」と、男が言った。
「騙され下手ね」と、女が言った。

※ シャンパングラスの切り絵は、クリック拡大でご覧ください。
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2010年11月07日

もの・がたり - ブロッター

DSC06656.JPG 以前は、万年筆ばかりではなく、インク壺、Gペンをよく使った。カリカリと音をさせながら紙を引っ掻くように書いて行く。その時、吸い取り紙が必需品だった。かまぼこを寸詰まりに切ったような器具の円弧のところに挟んで取りつけ、インクの文字に軽く押しつける。
 ついぞその器具の名前を意識しないままでいて、いつの間にか使わない時代になった。
 
「ブロッター付き」
 WEB散策でよく立ち寄る、イタリア雑貨店TRENTAさんで見つけたペンセット。
 木軸のペンと緑に近い青いインクの小瓶が一本、それに、件の吸い取り紙・器、ブロッターが付いている。親指と人差し指二本でつまむと指の陰に隠れてしまいそうなくらい小さいけれど、つまみ金具は真鍮製、本体は楢のような堅木、と小さなものでも神経が行き届いた作りになっているのがうれしい。

 さて、どんな心模様を書くか。その前に、青い便せんをさがさなければならない。
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ヤブムラサキの実


ヤブシキブ.JPG 6月の初旬、山採りして2年目に花を付けたヤブムラサキ(ヤブシキブ)の実がやっと色付いてきた。花は付けたもののほとんどが結実する前に散ってしまい実を見るのを諦めていただけに、残った紫色の小さな実がいとしくて飽かずに眺めている。本来は、もっと粒をそろえるのだけれど木の勢いがないせいか、「今年はこんなもんだよ、よく頑張った」と声をかける。
 


コシキブ.JPG 隣のコムラサキ(コシキブ)の実は、例によって鈴生りで枝がたわむほど。伸び放題の枝を、実が終ったら少し剪定しなければならない。
 今年は、まだメジロの姿を見ていない。
 
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2010年11月06日

秋の夜はヴィオロンの - 神尾真由子を聴く

 ゆうべ、神尾真由子とミロスラフ・クルティシェフのコンサートに行ってきた。
 日立シビックセンター開館20周年を記念するもので、先月だったかの中村紘子のピアノ・リサイタルとセットのチケットもあったのだけれど、そちらは発売と同時に完売になってしまい、かろうじてゆうべのチケットを手にすることが出来た。
 ピアノのミロスラフ・クルティシェフも神尾と同じ2007年の、チャイコフスキー国際コンクールのピアノ部門で最高位となる第2位(1位該当者なし)に入賞し、著名指揮者やオーケストラとの共演で活躍している逸材。(公演パンフレットより)
 プログラムは、
 チャイコフスキー:なつかしい土地の思い出 Op.42 
          第1曲 瞑 想
          第2曲 スケルツォ
          第3曲 メロディ
 チャイコフスキー:憂鬱なセレナード OP.26   
 ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第5番へ長調 Op.24「春」 
          T. アレグロ
          U. アダージョ・モルト・エスプレシーヴォ      
          V. スケルツォ
          W. ロンド
     ( 休 憩 ) 
 ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第3番ニ短調 Op.108
          T. アレグロ
          U. アダージョ
          V. ウン・ポコ・プレスト・エ・コン・センティメント 
          W. プレスト・アジタート
         
 終演後、拍手が鳴りやまずにアンコール、アンコールで、小曲 2 曲のおまけ。曲名が思い出せないけれど、聞き慣れた曲を聴くと、神尾真由子のすごさがよくわかる。
 ブラームスがよかったかな。交響曲もそうだけれど、曲想が大きく、ピアノと奏鳴しあって、まさにソナタ。
「大事なのは同じように感じること」(トーマス・ザンデルリンク)

神尾真由子.jpg 受付で、新しく録音されたCD+DVDをゲット。
「チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品 35」
(ハレ管弦楽団、指揮:トーマス・ザンデルリンク)
 なんと終演後に、演奏者のサイン会があるというので、並びましたよ。
「素晴らしい演奏をありがとうございました。」とCDのカヴァーにサインしてもらいました。ミロスラフ君には、失礼なことに、公演プログラムの余白に。
 帰りがけ、神尾さんとちょっと目が合ってしまったので、「帰って、ムターと聴き比べます」と言ってしまった。「えー!?」とも「アハハ」ともつかぬ声を出して苦笑されてしまいました。われながらミーハーの野次馬根性に、ドキッ。
 DVDの中で、トーマス氏が言ってました。
「マユコは、単に他人の演奏を参考にしたりはしない」。
 よって、いま謹んで、CDを聴いております。(でも後で、ムターも聴こう思います。だって、いいもん。)
 
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2010年11月03日

流れる - 『野 川』

 一枚の絵に向かう時に、これは何々を描いた絵だ、といっても詮ないこと、画家は、既にイーゼルを離れてしまっている。
 筆痕の後先、左右、上下に大いなる意味を残したまま絵筆はいつか置かれる。
 章句も句読点も、一枚の絵の中で筆が動くように、前後左右する。それは、「絵」そのものになる前の混沌をもなぞって行く。
 中央に野川が流れている、絵図がある。朧な記憶の中に、陽を受けて白く光っているその一筋が写幕となって、様々な景色や人々の蠢きを映し出す。


野川.jpg 例によって、乱読、併読のこと。
『野 川』(古井由吉、講談社文庫)

< 日常の一場の光景のほうが天体の巡りよりも、水よりも時よりも、永遠のようにながめられることはある。> 

 ひとは、また、時空をさえも、章句の中に、一点の筆痕の中に、昇華させ塗り込めずには措かない。

< 最後のわたしとは、解体消滅の際(きわ)にあるのではなくて、いまここに、また反復の日常の内にあるわたし、いや、ここにあるわたしをまた見出すという、安堵と呼ぼうと絶望と呼ぼうと、そのことなのかもしれない、と考えた時、日の光を透かせて一枚ずつ細かく顫えていた黄葉がその動きを一斉に停めた。>

 ひとは、流れる野川を遠く眺めながら、同時にその流れに乗って移ろって行く。

※ < >内は、同書から引用させていただきました。
posted by vino at 15:02| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月01日

今日の一行の二十五


DSC06575.JPG

鈍色の空に、鈍色のシャボン玉。そんな日も、そんな時もある。
posted by vino at 17:07| Comment(0) | 今日の一行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする