2011年04月30日

ライラック

 P4270073.JPG   
 一昨年、小庭に植えたライラックの花付きが思わしくない。去年はとうとう花を見ずに終わってがっかりしてしまった。今年も、これは、と思った新芽が全部葉っぱに化けてしまって、花は咲きそうにない。
 で、先日、花木センターに行って、幼木ながら花の房を沢山付けているものを買ってきて植え足した。
 チャチな小鉢のものなのに、これ以上は無理です、と言わぬばかりで枝いっぱいに花を咲かせている。
 やはり、プロの仕立ては違うと感心する。
 
 四月は残酷極まる月だ
 リラの花を死んだ土から生み出し・・・

 やはり、そうきましたか。
 朝日新聞別刷りのBe版では、毎号、高橋睦郎氏の‘花をひろう’が楽しみで、四季折々の花々と、それを詠った詩歌が紹介される。
 4月30日付けでT.S.エリオットの『荒地』が登場するのも、今年の3、4月を思えば、まさに「残酷極まる」。

---欧米では一般に不吉な花とされ、病人の見舞いには厳禁。エリオットが残酷極まる月、四月の象徴としたのも、根は深い。

 慌てて、花言葉を確かめる。 
 こんなときに頼りになるのが、「花言葉事典」さんで、さっそく引かせていただくと、ライラック(英語読み。フランス語読みではリラ)の花言葉は、「友情」、「思い出」とあり、紫花の特記として、「初恋」、「初恋の感激」、「愛の芽生え」と、4月の花にふさわしいものばかり。
 瑞々しい緑の若葉と甘く仄かに匂う桃紫色のライラック、リラの花が、欧米では、何故不吉の象徴とされるのか、エリオット氏がかくまで忌み嘆息して詠うのにはどういう訳があるのか、『荒地』は難解な詩行でありますれば、さてさて・・・。
posted by vino at 19:09| Comment(0) | 庭には・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月27日

交差する時間 - 偶 然

5個 机に並べて
ビー玉を絵に描いていたら
6個になって 7個になって
10個になって 20個になって
スケッチブックからはみ出すのもいて
重なりあって いくつになったか
数える暇にどんどん描いて
透き通ったまんまのビー玉に
少しずつ色を付けていったら
なんだか一つの大きなガラス玉になって
つまりは 青い空を描いたようになって

ビー玉を最初に考えた人は
遊ぶことが大好きで
ガラスのことも大好きで
丸いものも大好きで

会いたい人の1番目の人
posted by vino at 18:12| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月20日

交差する時間 - あることと歩くことと

疎まれた人は
その何に因るかは知らず
虚ろな棺をその肩に負い 手には
地図と見紛う極彩色の迷路を持つだろう
偶さか触れ合った人の
血肉を常にその爪の先に滴らせ
途方に暮れて佇むだろう

疎まれた人の
その何に因るかを知る術は
彼の後ろ姿に宿るだろう
疎まれた人の
露知らぬ気なその遣り過し方は
淡淡とした攫み処のない気孔にも似て
饐えた匂いを放つだろう

疎まれた人は
その口笛で風琴を真似るだろう
誰かが歌ったその節を真似るだろう

疎まれた人は
そのあることを知らぬまま
歩き続ける
posted by vino at 10:36| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月18日

ミミガタテンナンショウ

ミミガタテンナンショウ.JPG いつもの散歩道を逸れて、地元でお守りしている神社の境内へと山道を行く。参道の両側はうっそうとした杉林、枯れ落ちた杉の実が参道を一面に覆っている。
 花粉症の季節もやっと終息してくれた。

「花粉症は、全部セーフです。ハウスダストも反応は陰性です」
「でも先生、くしゃみ、鼻水、おまけに全身症状もありまして・・・」
「反応が陰性の人でも、たまに症状の出る人がいます。そういう人も含めて花粉症です。花粉病ではないんです」
「!?」
 以来、花粉症の薬を服み続けているお陰もあって、杉の木のさわやかな芳薫を胸一杯に吸い込むことができる。
 鳥居の足下に、木漏れ日を受けて独特の仏炎苞を明るませているミミガタテンナンショウ(耳型天南星)を見つけた。そうと分かってはいても、見れば見るほど不思議な花の姿と思うのはこちらの勝手で、花にとっては何事もなくこれこそ己が姿と定めた自然の摂理を教えられる。
posted by vino at 13:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月14日

ショウジョウバカマ

 ショウジョウバカマ.JPG 猩々袴咲くやそぞろの神がゐて  森田公司
 
 散歩道を歩いていた。
 整備された小さな公園の、小高い丘への階段道をゆっくり歩く。頂上で小休止して遠くに霞む筑波山を眺めわずかな展望を楽しんでも二十分足らずの行程だ。
 突然方向が定まらなくなって眩暈か、と思わず手すりに手をやってやり過ごす。あー、今日もまた余震だ。
 揺れが収まってから瞑った目を開けてみると、手摺小の足下に、ショウジョウバカマの小さな群生があった。
 そぞろの神よ、なにとぞ、この大地の怒りを鎮めたまえ。
 


posted by vino at 15:26| Comment(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月12日

侘 助

     P4120042.JPG


     上弦の月と覚しきを見つつ
 花は盛りに月は曇らぬ世なりとも豈物言へぬ我身哀しも

 小庭の片隅にある侘助が咲いている。
 早くに咲いたものは、先日の晩霜に逢い色変わりしてしまったけれど、いま見る花は、本来の純白の色を見せて葉蔭に鎮もっている。

※ 花散らで月は曇らぬ世なりせば物をおもはぬ我身ならまし  西 行
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2011年04月03日

道の因る無し

[漢]古詩  ( 無名氏 )

去者日以疎  去る者日を以って疎く
来者日以親  来たる者日を以って親し
出郭門直視  郭門を出でて直視すれば
但見丘與墳  但だ丘と墳とを見るのみ
古墓犂為田  古墓は犂かれて田と為り
松柏摧為薪  松柏は摧れて薪と為る
白楊多悲風  白楊悲風多く
蕭蕭愁殺人  粛粛として人を愁殺す
思還故里閭  故里の閭に還らんと思ひ
欲帰道無因  帰らんと欲するも道の因る無し

蛇足:未不得言以自語 いまだ自らの言葉を以って語るを得ず
posted by vino at 14:07| Comment(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする