2011年05月30日

帰る場所〜風の電話ボックス

B.G.M. C.I.〜B.G.レベルで

あなたには、帰るお家はありますか?
あなたには、「ただいま」と言える人がいますか?
あなたには、「お帰り」と言ってくれる人がいますか?

「ただいま」
「お帰り」
「ただいま」
「お帰りなさい」

そうだとしたら、あなたはそれだけで幸せです。
いえ、幸せだと気付かなければなりません。

S.E. ウィンド・チャイム

「風の電話ボックス」って知っていますか?
白い電話ボックスです。
海を見下ろす、丘の上に建っています。
ドアを開けると、小さなドア・ベルが、チリリンと鳴ります。
中には、黒いダイアル式の電話機と白い椅子。
受話器を取って耳に当てると、風の音がします。
遠く、波の音が聞こえます。
ときどき、小鳥のさえずりも混じります。

B.G.M.~UP~B.G.

でも、不思議です。
その電話機は、どこにもつながってはいません。
ただ、黒い電話機が置いてあるだけなのです。
亡くなった人や、もう会えなくなった人と
もういっぺん、どうしても話をしたくなった時に坐る電話ボックスです。

ときどき、海に虹がかかります。
海の深いところまで行った光が
波の間から、また空へ帰って行く。
虹は、光が光の国へ帰るときに渡る橋・・・。

あなたの涙の一粒が海になる。
あなたの小さなため息が、空駆ける風になる。
そんな時、「風の電話ボックス」で話をするのです。

S.E. ウィンド・チャイム

心の帰る場所
風の帰る場所
わたしの帰る場所
あなたの帰る場所
みんなの帰る場所
夢の帰る場所

「ただいま」
「お帰り」
「ただいま」
「お帰りなさい」

「風の電話ボックス」には、今日も誰かが坐って
静かに話をしています。
誰かが誰かと、話をしています。

S.E. ウィンド・チャイム

B.G.M. UP〜F.O


モノローグ:3月11日の、東日本大震災では、多くの、お父さん、お母さん、お祖父さん、お祖母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん、弟、妹が亡くなりました。大好きだったお友達や
仕事の仲間を亡くした人も、たくさんいます。
もう、その人たちは、「ただいま」も「お帰り」も言えません。 
でも、いつまでもいつまでも、いろんなお話をしたいと思っているのではないでしょうか。
「風の電話ボックス」が、その場所です。
それは、あの丘の上にも、みなさんの心の中にもある、「帰る場所」です。



※「風の電話ボックス」は、朝日新聞朝刊(2011/5/9)で紹介された、岩手県大槌町にお住まいの、佐々木挌(いたる)さんの記事を参考にさせていただきました。
佐々木さんは、電話機の横に次のように書いているそうです。
「風の電話は心で話します 静かに目を閉じ 耳を澄ましてください 風の音が又は浪の音が 或は小鳥のさえずりが聞こえたら あなたの想いを伝えて下さい」
※‘Turning Point’宮下富実夫作曲・演奏(BIWA RECORDS)
posted by vino at 17:10| Comment(2) | 掌編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月26日

たまゆらの( 断想 )

「私」とは、自己防衛から始まる。守ろうとする「私」、囲い込もうとする「私」。「私」は、その発露するところの現象である。
 言葉で考えるという、そうだろうか。「考える」ということは、我々の脳は常に「その状態」にあって継続しており、調律されたピアノの鍵盤を弾くように、言葉が「その状態」をなぞったり、行ったり来たり、出たり入ったり、上下左右、右往左往する、その玉響のメロディー、儚い閃きに過ぎないのではないだろうか。
 魂揺らの・・・。
posted by vino at 17:50| Comment(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月20日

脱アナログ

「随分レトロなスタイルですね」
( 携帯電話に、レトロという言い方はそぐわないぞなもし )
5年間、使い慣れた携帯電話の機種を換えた。当方が携帯電話を取り出すごとに、歴史的文物をでも見るように、特にお若いのになぶられたものだ。それでも意地で使い続けてきたけれど、充電用電池が、予備のものともパンパンに膨れ上がって、ポケットの中でさえ本体から飛び出す始末。

 ドコモショップで新しいものにデータをコピーしてもらい、大まか、使い方のレクチャーを受けた。当初、カチンときた女子社員のタメグチも、説明が進むにつれて気にならなくなってしまう。若い女性と話をするのは楽しいものだ。なにしろ今度の機種は、ワンセグものですからね。
光のぶどう.JPG データの確認をしていると、マイピクチャーに思いがけない画像が残っていた。< 光のブドウ >。

「今度のは、1、320万画素ですからこれよりはるかに画像はよくなります」と、念を押された。手持ちのデジカメを凌ぐ解像機能に、恐れ入りました。


「では、今までのものは、処分ということで・・・」
「ハイ、お願いします」
 彼女が取り出したのは、ケイタイパンチなる代物。前の携帯電話をセットして、プスプスと穴を開け始めた。Oh,my God!
( 帰ったら、「取扱説明書」と首っ引きだ。) 

posted by vino at 16:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月19日

動かざること

 蓑虫の留守かと見れば動きけり  星野立子

ミノムシ.JPG 小庭のクヌギの枯葉がやっと落ちつくした。
 落葉樹なのに、去年の枯葉がいつまでもくっついて離れず、周りが新緑に彩られる中、茫々と五月の風に吹かれていた。焦れる思いでいた分、陽を浴びるクヌギの若葉が美しく見える。 
 となりのコナラは、とうに瑞々しい緑を輝かせている、と目をやると、やや、枯葉が2枚残っているではないか。なんと無粋な、むしり取ってくれる。意気込んで脚立に上ってよく見ると、蓑虫の巣だった。それにしても大きい。5センチは優にありそうだ。ふたつ仲良く並んでいる。まだ冬眠中なのだろうか動く気配がない。首を出してお隣さんに気付いたら、縄張り争いなどにならないのだろうか。
 手元の歳時記によると、「巣にこもって越冬し、雄は春になると成虫の蛾になって袋からでるが、雌は袋の中で一生をおくる」 とある。。
「蓑虫」は、俳句の季語では秋の部にしわけられている。枝にぶら下がって秋風に吹かれるさまが哀れを感じさせ、俳意に添うらしい。
 以上の如く、冒頭の句は秋の句だけれど、今の季節にもそのままそぐうように思える。ふたつの袋の巣はどちらも寡婦で、じっと動かずに孤閨を守るとみれば、こちらの方により哀れを感じてしまうのは、下司の勘ぐりになるだろうか。
 
posted by vino at 09:42| Comment(0) | 庭には・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月15日

花の咲くころ

 スノーフレーク.JPG 
 この頃の季節になると、前年の花時に買い求めた草花の鉢物を始末するのが一仕事になる。
 名札も色あせ、そのまま枯らしてしまったものの土を入れ替える。
 手入れに忙しい、と言えないのは残念だけれど、なに、草花は大半が一年ものだからやむを得ないなどと勝手に心に決めて、鉢を空ける。
 毎年、そんな鉢が5、6個は並ぶ。
「花がないと、やっぱり寂しいね」と、家人と二人言?。
 
 で、薫風に誘われて、那珂市にある、‘Fairy Garden’へ行ってきた。バラとクレマチスを数多く扱っているので有名らしい。
 300坪はあるだろうか、オープン・ガーデン形式の店で、周りも開けているのでとにかく開放的で気持ちがいい。一見、「えっ!?」と思うくらい、グランド・カヴァーと言おうか下草と言おうか、スギナ、ドクダミ、オオバコ、カラスノエンドウなどなど、いわゆる雑草が繁茂している。だから、敷石を設えた園路を行くと、「あ、こんなところに・・・がある」。逆に嬉しくなってしまう。
「独りでやってますんで、草引きが間に合わなくて、アハハハ」と、女性店主が快活に笑う。店自慢の商品でもあるガーデン・ブーツを履いて、腰にハサミケースを提げて、かっこいい方なのだ。
 リグラリア・ミッドナイトレディー&コリダリス・チャイナブルー.JPG 
 木の下闇に、そよっと咲いていた青い花、コリダス・チャイナブルーの苗と、ツワブキの変わり色もの、リグラリア・ミッドナイトレディを買う。リグラリアは、大きくなるにつれて全体が濃紫色になるもので、花もオレンジに近い黄色、と聞いた。
 冒頭のスノーフレークは、時季外れなので来年まで待たねばならないそうで残念。他に、クレマチス・モンタナ系のマーガレット・ジョーンズ一重咲きものは、入荷の連絡待ち。
posted by vino at 15:44| Comment(0) | 庭には・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月14日

今日の一行の四十三

P5100128.JPG

6本と8本。と、命の揺らめき。
posted by vino at 11:26| Comment(0) | 今日の一行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月11日

今日の一行の四十二

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時は満つ 斯くてなむありける
posted by vino at 09:15| Comment(0) | 今日の一行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月10日

交差する時間 - 白いカーネーション

癪にさわるなあ
誰が決めたのか

いないものはいない
それがいけないって言うか

いい
自分の色で染めてやる

母ちゃん
笑ってよ


posted by vino at 14:24| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月09日

花 蜂

 P5040099.JPG
 開け放した小屋の窓から、一匹の花蜂が入ってきた。丸々太った身体に小さな羽根。だから飛行を続けるためには、彼は懸命に羽根を振動させなければならず、それが大きな羽音となる。自分でうるさいと感じないのだろうか。 
 生物は進化するという。さすれば、もし自らの羽音が騒音とならば、如何にしてもそれを小さくさせるべく彼の先祖たちは奮励努力したに違いない。あるいは逆に、それを威嚇音としてでも生かせると思ったか。
 彼らの無頓着さは何を物語るのだろうか。
 彼は、ひたすら本棚や天井のあちこちを探索している。見ているこちらは、その羽音のせわしなさから彼がパニック状態に居るに違いないと、慌てて反対側の窓を開ける。小首を傾げた彼は、当然の定まってある飛行経路を往くとばかりに、迷うことなく、慌てることなく、空気の流れを伴って出て行った。
 一瞬空いた空寂の中に、鶯、時鳥、蛙の声が、一斉に湧き出してきた。
posted by vino at 09:28| Comment(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする