2011年07月31日

郵便ポスト

P7270381.JPG 買い物ついでに投函しようと持ち歩いていて、うっかり車の中にそのままにしていた封書を思い出した。
 信号で止まった街角で、「こちらへどうぞ」と、昔懐かしい郵便ポストに話しかけられたからだ。停止したすぐ左手の民家の軒先を借りるように、その郵便ポストは立っていた。
 
 近くによって、見惚れてしまった。なんとも愛嬌のある、それでいて凛とした趣のある姿をしている。
 ポストが、一本足の四角い箱型に変わってどのくらいになるのだろうか。味もそっけもない。
 最近、手紙を書く人が少なくなった原因はとやかく言われるけれど、郵便ポストの形にもその一因がありはしないだろうかなどと埒もないことを考えてしまう。正面から、脇から、背伸びしてその頭頂部まで、しげしげと眺める。
 その昔、コカコーラのガラス瓶の容器は世紀のデザインと評判をとった、と聞いたことがあるけれど、この丸型の郵便ポストも、その細部に至るまで実によく設計、デザインされている。登場した時には、これからの郵便事業を背負って立つ雄姿と見えたに違いない。
 レトロな街並みに合わせて、などと何基かが残されているようだけれど、なんと姑息なことか、ガラス張りの超高層ビルにだって負けない存在感がありますよ。
 あ〜、またあのポストまで行って投函するために、あの人に手紙を書こう。
posted by vino at 15:32| Comment(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月25日

そうなんだぁ、とか

「そうなんだぁ」と、彼女は言った。

 小学生のための、夏休みのドリル教材を訪問販売しているのだという。
「うちには、小学生はいません」
「そうなんだぁ、以前△△さんから照会をもらったようなんです」
「△△は娘です。県外に住んでます」
「そうなんだぁ。で、どちらに?」
「あなたに教えなくちゃいけないの?」
「あ、いえ、評判をいただいている教材なので、お孫さんとかにいかがでしょうか?」
と、なかなか根性がある。
 首から名札を下げているけれど、胸に抱えるようにしているファイルの陰で見えない。ジーパンにスニ―カー、白いポロシャツ姿。なでしこジャパンの誰かさんのように、こんがりと日焼けしている。大学生のアルバイトなのだろうか。
「おじいちゃんからのプレゼントにいかがですか?お支払いのほうは×××」
「そうなんだぁ。でも、子どもたちは子どもたちのほうで、塾とかいろいろやっているようだし、教材のほうは結構です」
<そうなんだぁ>、<とか>、<・・・のほう>とか、 彼女の口調がすっかり移ってしまった。
 彼女は、まだ説明を続けたそうに玄関口に立っている。しまいには、「年配の方のボケ防止には小学生レベルの教材が最適ですよ」と言われかねないので、灯りのついている隣家を指差して、「あの家には小学生がいるはずだがなぁ」と言うと、「そうなんだぁ。あ、ありがとうございましたぁ。さっそく行ってみます」
 <そうなんだぁ>のおねえさんは、元気よく帰って行った。
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2011年07月17日

風の電話ボックス(イメージ)

風の電話ボックス.jpg 慣れないことはするものではない、と痛感させられた。
 来月の、市立図書主催の「図書館まつり」で、先日アップした<「風の電話ボックス」〜帰る場所>を朗読することになって、そのイメージ画を描き始めた。まず、べニア板に水性ペンキの白で、目潰し、下塗りをしたあとに、油性ペンでラフの下描きをしてガッシュで絵を描いて行く・・・はずが、実は、不透明絵具は当方にとっては使い慣れないもので、淡彩絵具とは勝手が違う。ぼかしは利かずに、微妙な中間色、濃淡の使い分けが出来ない。ことに、虹の淡い色の重なり具合など、とてもとても考えもつかない。風をどう表現するか。鮮やか過ぎるガッシュの色合いをどう殺すか。悩んだ末に、ラッカーの白を吹き付けることにした。目に見えない風は、霧の流れによって感じてもらおう、と言えば恰好は良いけれど、何のことはない、描ききれないところを霧の間に間に紛らかそうとしているうちに、その効果が面白くなって調子に乗りすぎてしまった。が、あとには戻れない。ままよ、あとは見てご覧じろ、と開き直ることにした。
※べニア板に、水性ペンキ下塗り、ガッシュ彩色。910×1230。
posted by vino at 17:29| Comment(2) | 絵空事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月16日

梔 子

P7160343.JPG

 ある時から、植物の名前はカタカナで表記するようにしているけれど、何故か漢字で書きたくなるものがあって、梔子もその一つ。辞書なしでは書けないうえに、ひょっとすると読みさえ失念していたりするのに、クチナシはやはり梔子と書きたい。ほのかな香りと花弁の底抜けの白さに気品さえ感じて、その全体像の納まりがいいように思えるからだ。
 しかし、開花を待っても、汚れのない純白の花弁は少なく、直ぐに黄色味を帯びた茶色に変色してしまう。

 口なしの花はや文の褪せるごと  中村草田男

 達人の「口なし」は、実が熟しても裂開しないことの呼びならわしをそのままに、時の移ろいの無常感と存在としての色の儚さを見事に詠み為している。
posted by vino at 11:11| Comment(0) | 庭には・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月09日

ヤブカンゾウ

P7090328.JPG

 学名の一部をとってヘメロカリスと総称される園芸品種は、2万種に近いといわれるそうだけれど、原種とも言えるヤブカンゾウは、この花に限る。
 弁化した雌蕊、雄蕊が、本来の花弁に重なって複雑な八重咲きの花を見せる。ものの本によると、雌雄の蕊が弁化するのもそうだけれど、顕微鏡で拡大してみる雄蕊の花粉は大小さまざまで授粉、受精には不適、とある。それが、進化なのか退化なのか、弁化した蕊がひときわ濃い黄赤色になって、緑の叢の中で咲いている。
posted by vino at 12:45| Comment(0) | 庭には・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月08日

少年と蝶( 断想 )

 蝶を網で捕えたのは、成り行きでそうなってしまった、と少年は思った。そのことが澱のように心に残った。もしも、蝶が少年を揶揄するように飛翔せずに少年の目を少しの間楽しませ、その美しい姿形を見せてくれたなら、少年は網を使わずに飛び続ける蝶を観賞するだけで満足できたかもしれないのだ。それは、瞬きの間の短い時間でも事足りたに違いない。
 しかし、蝶の動きは少年にとっては気忙し過ぎた。少年は心休まらないと思った。
 
 少年にとって、補虫網は心棒だった。
 野原を駆け回る時、少年はいつも不安に襲われた。草原も空も、少年には広すぎた。殊に、風のそよとも吹かない午後、叢にじっと見据えられ、蔓草に絡め捕られる恐怖を覚えた。雲のない青空は、天空奥深くまでくろずんで、少年を吸い込むかと怯えさせた。
 それでも、少年は、草原と青空を好んだ。そこには、解放されていながら、なお、捕えられているような濃密な時間と空間があった。少年は、訳もなく捕虫網を振り回して空気を捕え、青空を掻いて過ごした。
 そんな少年の心に起った小さな齟齬が、少年に網を使わせ蝶は捕えられた。戸惑った少年は、蝶の絶命など想定していなかったため、翌朝、虫籠の底面に横たわる蝶を見て、軽い眩暈に襲われた。
 散らされた鱗粉が汚らしいものに思え、蝶の断末魔の足掻きが見えるようだった。
 蝶の亡骸は静かに横たわっているのに、虫籠には、蝶の耳障りな羽音が鳴っていた。
posted by vino at 11:26| Comment(0) | 掌編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月05日

交差する時間 - 空っぽ

 僕たちは、展・転・点綴、流転する星団の真っただ中にいる。
 邪悪な女神星が微笑んでいる。
 辿る道筋が分かってしまった悲しみを笑っている。
 何しろ、僕の背には、生まれる前から背嚢があり、空っぽのくせに途轍もなく重たい。
 ある日、僕が僕であるについては、この背嚢を満たさなければならないと何かが僕の耳に囁いた。
 智恵を絞ったはずが、経験を担わされて戸惑い、意味を担わされて途方に暮れる。
 昇華した僕は、その足元を縊られている。
 閉じ込められた僕は、閉じ込めたものから透過して他所へ移動する。
 彷徨う、漂う、僕が僕に憑依する。

 星団の真っただ中は、得体の知れない神々が跋扈している。
 余り多過ぎて、却って寄る辺知らずになっている。
posted by vino at 17:01| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月02日

うれしい『おてがみ』

 毎月第一土曜日は、市立図書館のお話し会担当日。この4月から、若いKさんが加わってくれた。Kさんは、講談社の朗読キャラバンに参加するなど、闊達なお嬢さんで、表現力もあり頼もしい限りだ。長らく当方が望んでいた朗読劇が出来るようになったのが何よりうれしい。
 今回は、『おてがみ』と『だってだってのおばあさん』を朗読劇で、間に、Kさんが絵本、『おこだてませんように』を読んだ。
『おてがみ』は、アーノルド・ロベルの原作を、詩人の三木 卓が訳したもの。かえる君とがま君の、一通の手紙をめぐっての心温まる物語。
『だってだって・・・』は、佐野洋子の絵本を朗読劇仕立てにしたもので、当初、朗読劇だけを聞いてもらうつもりでいたのだけれど、Kさんが自宅から持ってきた絵本を見てびっくりしてしまった。佐野さんの絵が素晴らしい。読み手は台本を手にしていたので、図書館の司書さんの手をお借りして、聞き手には絵本を見せることにした。朗読劇と、絵本と、音楽のコラボレーション。
 Kさんの表現力で、98歳のおばあさんが、99歳になり、5歳になって、笑顔がはじけた。
 来月は、怖いお話をいくつか集めて、納涼お話し会になる。何故か子どもたちは、怖い話が好きで、例年、20人近い子供たちが集まってくれる。さ〜てぇ〜
posted by vino at 19:29| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする