2012年03月27日

オオイヌノフグリ

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 いぬふぐり星のまたたく如くなり 高浜虚子

 群れ咲く様を写そうとするとあまりにも小さく、接写で撮ればこの花特有の群れ咲く様子が伝わらない。なんとも難しい花。
 散歩道の堤防の土手に腰を下ろして、コバルトブルーの花びらをしみじみと見る。
 
 星と言えば、夕べの西の空は美しかった。宵の明星の金星が大きく輝き、三日月(正確には四日月らしい)の下に木星が瞬いて、縦にほぼ一直線に並んでいた。思わぬ天体ショーに、オッと声を出してしまった。
posted by vino at 17:38| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月26日

たけのこ

竹の子.jpg

 たけのこは竹の子には違いないけれど、旬に食べるには、筍がふさわしいだろうか。
 まだ、土の中にもぐっていたものを掘り起こしたと、京都産のものが届いた。大きいものでも20センチほど、やわらかくて刺身にしてもおいしい。画題にするには、もっと太く、皮もしっかりと焦げ茶色になってからのほうがこちらも思い切って描けそうだけどな、などと言い訳しながら、早描き。
posted by vino at 17:41| Comment(4) | 絵空事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月25日

心を開くこと(断想)

終わりと始まり.jpg 例によって、乱読、併読のこと。
 『最後だとわかっていたなら』(ノーマ コーネット マレック・作、佐川睦・訳、サンクチュアリ出版)
 『終わりと始まり』(ヴィスワヴァ・シンボルスカ著、沼野充義訳・解説、   未知谷)
 『シンボルスカ詩集』(つかだみちこ編・訳、土曜美術社出版販売)

‘千の風になって’がそうであったように、いや、多くの詞華集がそうであったように、個人であるか多人数であるかを問わず、大きな悲しみのあとでは、人はすばらしい詩を生み出す、あるいは見出すものであるらしい。
 2011/3/11を経験して、多くの作家たちがことばを失ったと告白している。どれほど意を尽くしても虚構の宿命を免れ得ない小説、散文では、あまりにも深甚な出来事、現実の前に何をなすべきか何を語るべきかを見失い、見出せずにいる、というのだ。
 一方で、詩が人々の心に寄り添えるのは何故なのだろうか。一篇の、決して多くはないことばの連なりが、どうしてあれほどの感動と共感を人々の心に呼び起こすことができるのだろうか。
 それには、< 優しい気付き >ということがあるように思う。直截に< そのこと >に触れずに置いて、同じ人として隣に佇みながら静かに呟く、その距離感でもあるだろう。俯いていた人がふと気配を感じて目を上げたときに見る、< そこにいてくれる >温かい微笑でもあるだろう。虚脱感という無音の、あるいは耳を聾する阿鼻叫喚の世界にいてかすかに耳に届いた小さな呟きを心音として聴いた、自分への共鳴か・・・。
 人は、祝祭のあとでは並べてそうであるように、途方もない虚無と悲しみの中では、声高な激励も喚声も避けようとするだろう。
 静謐の底から湧いてくる、光と空気の流れと音に、そしてことばにこそ、心を開くだろう。
 そう、ことばが流れ出て始めて、人は心を開くのだ。心が開いてことばが出るのではない。
 そのことに、人はすでにして気付いているのかもしれない。
posted by vino at 15:22| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月23日

交差する時間 - キャラバン

駱駝の足跡は 夕陽の押印
風紋を崩して まろく小さな陰をつくる

彼の踏んづけたものは やくたいもない
前を行く駱駝の足跡

駱駝が眼を遠くにやるのは 砂丘の遠さではなく
陽の光の底に瞬く星たちの行方を追ってのこと

駱駝は砂漠を歩いている
彼の親たちも 遠い祖先たちも

背中に瘤を貯え始めたのはいつのことだったか
胃の腑にまで秘密の水を溜めたのは誰の差配だったか
湿潤な草原を外れて 乾ききった砂丘を目指したのは
一頭の気まぐれな先導者だったか

以来 キャラバンの影絵となって
渇きの中で声高く己の運命を笑っている

砂地の乾きは 彼に敵意のない渇仰を教えた
歩みの一歩一歩に 彼の生涯が落とされてゆく
砂に飲み込まれて乾いてゆく尿と
つまらない落し物のように砂に乾いてゆく糞と

彼の荷った物は 彼の性からすれば
他愛のない一過なもの
そう 生まれたこと そして歩くこと
交尾すること 老いること 肉となること

駱駝の行き交いを生業とする人の寡黙さに甘んじて
彼もまた少ない言葉を吐きながら歩み続ける

砂塵の中で 赤く爛れた太陽だけが 吼え続けている
posted by vino at 14:32| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月16日

ブラームスが好き

IMG.jpg 文芸書で言えば、文庫本に当たるのだろうか。音楽のCDが格安で手に入るのが嬉しい。
 最近手にしたのは、’Jazz Standard Best of Best'(Sony Music)と’BRAHMS Symphonies'の二組。
 Jazz版は、ザ・デイヴ・ブルーベック・クアルテットの'Take Five'からセロニアス・モンクの'Dinah'まで、スタンダードナンバーが14曲で、980円。
 ’Waltz for Debby'(Bill Evans)や、’Left Alone'(Mal Waldron)も入っている。久しぶりで、Bud Powellのピアノも聴いた。
 さっそく、行きつけのバーへ、ノートを持っていって、マスターのLP版と聴き比べをする。
「マスター、早くかけてよ」と酔った勢いで催促する。
「うちには、ダイジェスト版はないの。全部、オリジナルのLPアルバムばかり。だから、曲名から探し出すのが大変なんだよ」
 マスターご自慢のJBLのスピーカーから、’I remember Clifford'が聞こえてくる。やっぱり、ベースの響きが違うは。
 もう一枚は、というか一組は、ブラームスの交響曲第1番から第4番までと、弦楽六重奏曲第1番と第2番の5枚組で、1000円。残念ながらヴァイオリン協奏曲は入っていない。
 ブラームスは好きですね、何といっても曲柄が大きく伸びやかで、時々、ドキドキさせられる弦楽器の錯綜音。
 因みに、交響曲第3番の第3楽章は、映画「さよならをもう一度」、弦楽六重奏曲第1番の第2楽章は、「恋人たち」にそれぞれ編曲、挿入されていましたっけ。いえいえ、これは人に聞いて思い出したこと。
 うーん、誰かに訊いてもらいたい、「ブラームスはお好き?」
posted by vino at 16:59| Comment(2) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月14日

梅二分咲き

P3140934.JPG 

 小庭の白梅が、やっと花開いた。今年は、陽気を待って次々と咲く、とはいかないようだ。関東北部では、この冬一番の冷え込みで、最低気温が零下十何度と報じられているくらいだから、梅の一輪一輪に一喜一憂などしていられない。とは言うものの、蕊の立った緑萼種、月影の花は凛々しく美しい。見れば元気がもらえる。
 
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2012年03月13日

好文亭他復旧工事その7

 DSCF4894.JPG 話は前後しますが、今回、好文亭の黄土砂壁の復旧工事に使用した黄土砂採取には、エピソードがあります。
 黄土砂は、以前は偕楽園の南崖から細々と採取していたのですが、園の整備が進められて階段状の土留め柵が設けられたために、それが不可能になってしまいました。従って、設計監理者も施工業者も、修繕工事のたびに、黄土砂の確保には苦労していました。
 昨年の6月のある日、打合せのために水戸に向かっていた伊藤平左衛門建築事務所のNさんが、水戸駅到着が近いという車内アナウンスに降りる準備をして、ふと車窓から外を見ると、崖崩れしてむき出しになっている地層が目に入ったのだそうです。先の大地震で、県営釜神アパートの南崖が大きく崩落していたのです。
 朝日に光る黄色い土、それをみたNさん、これはひょっとして使えるな・・・、と思い、さっそく、知り合いの左官職のIさんに連絡をして現地調査をしてみると、これがドンぴしゃり、成分といい色合いといい好文亭に使われている黄土砂そのもの、という診断。文化財なども手広く手がけているIさんの確かな目を信じて、崩落した崖から土を採取することにしました。
 カラカラと小石が落ちてくる崖の下で、余震に注意をしながら黄土砂採取が始まりました。
 思い出してもびくびくものです。また、この日は暑かった、35度を超える猛暑日でした。(続く) 
posted by vino at 19:47| Comment(0) | 修繕工事日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月11日

あれから一年

汀.JPG

さくら貝 拾わばわれに 戻り来よ

posted by vino at 15:54| Comment(0) | 今日の一行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月10日

野菜ジュースの缶

野菜ジュースの缶.jpg 
 
 
 久しぶりでスケッチ。お茶の時間に飲んだ野菜ジュースの缶を早描き。残す線と捨てる線の描き分けが、まだまだ。(なに、嘆くほどは枚数を描いておりませんので、同じ画題を何回も描くことにしているのですが・・・。)
posted by vino at 10:57| Comment(0) | 絵空事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月09日

N800 今日の一行の四十九

---雲には われわれと生死をともにする義務なんてない
※『シンボルスカ詩集』「雲」より(つかだみちこ編・訳 土曜美術社出版販売)
posted by vino at 16:44| Comment(0) | 今日の一行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月03日

戯れ唄-片割月

あれに見ゆるは片割れの
やれ 恨めしや片割れの
ほに 戯れなしゃんすな
主の顔も それ月影に
この想いのままに
ひとつになって それ雲の陰
posted by vino at 19:03| Comment(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする