2012年10月30日

サタ、サタ、サタ・・・

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 例によって、乱読、併読のこと。
『泥鰌庵閑話(どぜうあんつれづればなし)- 傑作選』(滝田ゆう、なぎら健壱編、ちくま文庫)

 面白てやがてかなしき鵜舟哉 芭蕉
 
 罪も報いも、後の世も忘れはてておもしろや。・・・闇路に帰る此身の、名残をしさを如何にせん 謡曲「鵜飼」

 独特の線描のタッチで描き出される登場人物も酒場も横丁界隈も、みんな哀しい。
 呑んで、歌って、騒いで酔いつぶれて、あらぬ酔態をさらし、醒めてみれば我にもあらず涙ぐむ。
 漫画の台詞は吹き出しで吐かれる。それは、自覚した、自発的な、言ってみれば外言語。滝田ゆうの漫画の特異性は、泡々の吹き出しに描かれる。ポップアートのような、「下駄」、「ろうそく」、「のこぎり」、そして息巻く「ボルトとナット」などなど。絶妙のタイミングで浮き出るこれらの想念は、言うなれば内言語といえるだろう。言葉にならない、言葉にしようのない、言葉にしたところで身も蓋もない事ども。それらは、単なる呟きではなく、もっと心相の底部からにじみ出る、重い重い、想い。
 面白半分に数えてみたら、133のアイテムで288個の泡々。滝田ゆうのトレードマークの一つである「下駄」が22個で一位。以下、裸も傘もある「電球」が12個、「如露」11、「銚子と猪口」11、「金槌」10、灯るも消えるも「ロウソク」10、「アイスクリーム」8、風に揺れる「風船」と「コウモリ傘」が6、「ブロッター」、「吊り輪」、「バケツ」etc.。
 その全盛期でさえ、あの酒の飲み方は尋常ではない、ある意味自殺行為だと危ぶまれた滝田ゆう。飄々とした着流しの懐にどんな苦渋を隠していたのか。
 酔いつぶれて宿酔で目覚めるシーンのコマもいくつか登場するけれど、それは、もうひとりの自分と出会う儀式のようなもの。ほろ酔いの状態で登場して内外するもうひとりの自分とは全くの別人であるのが、何とも可笑しく、そして哀しい、闇の底。
 雨は、シトシトともザアザアともショボショボとも降らない。
 路地裏を千鳥足で歩く背中を打ち、酒場の賑わいを思って机に寄る書斎の屋根に、サタ、サタ、サタと降る。
※読み直したら、4アイテム増えて137、292個になりました。まだ増えるでしょうか・・・。
posted by vino at 09:46| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月24日

小林征児 作陶展

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 笠間市在住の陶芸家、小林征児さんの作陶展の案内状が届いた。

 2012年11月1日(木)~11月18日(日)
 10:00~19:00 ◇月曜日定休
 うつわや季器楽座
 水戸市米沢町195-3
TEL 0029-246-1411

 線刻象嵌技法という、骨の折れる作風で知られる小林さんの久しぶりの作品展。
 震災で、軽微ながら釜に被害があったと聞いていたので心配していたけれど、「土をこねているよ。そのうち作品展でも・・・」とメールをもらっていたから心待ちにしていたので、早くお目にかかりたいと思っている。作風が変わったのか、手は確かか、「駄駄男」君との折り合いはついているのか、会ったらいろいろ訊いてみたいことがある。
posted by vino at 09:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月22日

蜘蛛と蜘蛛


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 雲と蜘蛛と洒落たかったけれど、今日は雲一つない青空の一日。
 縄張り根性の強い蜘蛛が、公園の桜の木から街灯の電柱へ共同で網を張っている。同じ種類の蜘蛛なのかどうか、高いところだったので、14-42mmのレンズでは引っ張りきれない。
 左の蜘蛛の方が体が大きく動きも俊敏だ。赤とんぼだろうか、羽根だけが夕陽に光っている。
 上弦の月が蜘蛛間(くもま?)に見えていた。
posted by vino at 16:42| Comment(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月04日

黒電話機

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(風の電話ボックスの)中には、黒いダイアル式の電話機と白い椅子。
 でも、不思議です。
 その電話機は、どこにもつながってはいません。

 600-A2型。ボディに割れはないけれど、あちこちに擦過傷。店の棚に埃まみれで転がされていた。
 どんな会話をつないだのだろうか。喜び、怒り、慰め、笑い、涙、懇願、感謝、祈り、時候の挨拶、取引の連絡、無言・・・。

「おじさん、これいくら?」
「XX円」
「おじさん、気持ちおまけして。ボランティアの仕事で使いたいんだ」
「おれぁ、ボランテアじゃねえや・・しようがねえな、△△円でいいや」

 買い物の道すがら、よく冷やかしに寄る、骨董屋というよりも、その免許の看板に書いてあるとおり古物商と言ったほうがいいような、ガラクタであふれかえっている店。前から、黒電話機の400型を探してもらっていたのだけれど、「なかなか出ねえなあ、これだっていつなくなるかわからねえよ」と言われて、とりあえず押さえに、と買って帰った。
 600型は、ダイアルのリングが樹脂製なのが残念。400型だと、真鍮の型抜きで、使い込むうちに黒い塗装がこすられて落ち、番号の穴ごとに真鍮色が見えてくる。ダイアルがもどる時の、ジーコ、ジーコ、シコッ、という音も、電話機の息遣いのように聞こえる。金属の加工品には、どんなに小さなものにでも手仕事の全うさが感じられるのがいい。
posted by vino at 10:36| Comment(0) | もの・がたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月01日

虚 点(断想)

 ひとつの事が了って、つぎの事がまだ始まらぬ。そのあわいの淵に佇んでひとは思惟的になる。
 ひとりの詩人のひとつの詩を見つけて、その詩は彼の詩人の「死の何年前に詠まれた」と言う。その詩人の死の機縁と詩の内容を計って後の世のひとが言い勝ちな感傷だ。
 死をそのように忖度しては憚りもあろう、彼の詩人の預かり知らぬことだ。
 その詩は、彼にとっては「常に現前していた」はずだからだ。
posted by vino at 18:47| Comment(0) | 掌編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする