2012年11月25日

「い」の居場所

 子どもの頃、山林に咲く春蘭を「じじばば」と呼んでいた。なぜそう呼ぶのか、その姿かたちから呼んだのかどうかは知らない。
 今、孫たちは当方を「じいじ」と言い妻を「ばあば」と呼ぶ。
 一括りに「じじばば」と言われると、濁音が連なるせいか意地の悪い年寄り呼ばわりされているように聞こえる。また、「い」音を後ろにつけるようにそのまま伸ばされて「じじい」、「ばばあ」と呼ばれると、暗に強突張りな、という響きがあって、どうも耳に痛い。
 その点、「「い」音を間に挟むように「じいじ」、「ばあば」というのは、柔らかな響きがあり、孫たちの甘えも感じられて胸に納まりがいい。
 ところが、手元の広辞苑には、「じじ」、「ばば」や「じじい」、「ばばあ」そして「じい」、「ばあ」はあるけれど、この「じいじ」、「ばあば」は見当たらない。これは多分、「じじ」、「ばば」を呼ぶときに慣用句として自然発生した音便というものなのかも知れない。ことさらに辞典に載せることでもないとしたものなのだろう。
 似た言葉に、「じいじい」、「ばあばあ」があるけれど、今にもなにか燃え尽きそうなものの擬声語に聞こえて「じいじ」としては有り難くない。
 なにやら一言居士めいた話ながら、「い」の居場所ひとつ取っても、言葉とは面白いものだと思う。
posted by vino at 13:39| Comment(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月24日

白鳥(しらとり)

 この季節、朝の6時はまだ薄暗い。ことに、曇りで陽射しがないと、手元灯が欲しいくらい心細い。だから、愛犬が道先案内のように先を急ぐのに任せて朝の散歩が始まる。
 源氏川の堤防にある遊歩道がいつもの散歩道。川のせせらぎの音を聞きながら、取り付きの道路から200メートルほど川上に歩くと、堰がある。田植え時期には堰板で水が止められ、板を乗り越えた水が小さな滝を作る。今は解放されていて、代わりにコンクリートの調整盤から落ちる流れが薄暗がりに白い飛沫を見せている。 その落ち口には、毎朝のように一羽の白鷺が佇んでいる。薄暗がりの中に白い大きな姿がじっと動かずにいる。お気に入りの餌場にしているらしい。
 その姿を見つけると、愛犬は首をすくめて忍び足になる。白鷺君の食餌を邪魔したくないのか、獲物を狙う犬の本能なのか。つられて、こちらも静かにゆっくり歩くようになる。

 白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ 牧水

 辺りが薄墨色に沈んでいる景色の中に佇む白鳥は何を思うのか、時々小首をかしげている。
 間が悪いと、気配を察して迷惑そうにふわっと飛び立ち、こちらの頭上を悠然と飛翔する。その姿を目で追うと、いつの間にか雲が切れて空が明けている。
 朝陽を浴びた白鳥は、朝焼けの空をバックにひときわ白く輝いて大きく飛んでいる。
 朝一番のご褒美に、散歩の足も速くなる。 
posted by vino at 16:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月17日

すいきんくつ

 午後から、雨が地降りとなった。
 小止みになったのを見計らって、愛犬と散歩に出た。道脇の側溝には、小さな流れをつくった雨水がザアザアと音を立てながら流れ込んでいる。見た目より降ったらしい。
 帰りに、愛犬がその側溝で立ち止まり、不思議そうに小首をかしげてこちらを振り返る。「キョト〜ン、キョト〜ン・・・」。自然が奏でる水琴窟の音。時間の経過に従って、水量が適度に塩梅されたらしい。
 犬と一緒に、かがみこんでしばらく聴き入った。
 雨が降って、水が流れ、時が流れる移ろいの、ほんのつかの間のその時だけ、何かが微笑んでいる。
posted by vino at 19:18| Comment(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする