2015年09月28日

ぬいぐるみ?

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 ある日の散歩。光のぬいぐるみをまとったようなマロン。
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2015年09月25日

ノボタン

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  野牡丹の一と日の命けさあえか  富安風生

 雨に濡れるノボタンは「 色も濡れる 」という感じ。実際は濃紫の花びらなのだけれど、当方のカメラでは、温度補正、画質補正が侭ならずに、青い花に見える。
 ノボタン科ノボタン属とあるから、ほかに類の乏しい種類らしい。いわゆる牡丹とは全くの別種とも。
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2015年09月24日

いづれの日にか

 あるはなくなきは敷添ふ世の中にあはれいづれの日まで嘆かん  小野小町

 限界集落という。
 当方が住む地域も、年長者の不幸が相次ぐ。地元の小学校に通う町内の児童の数は、男児女児あわせて14,5人だから、差し引き計算をするのが恐ろしいくらいの速度で、人口が欠けてゆく。
 班内11戸のうち、独居者が引っ越したり施設に入所したりで4戸が空き家になり、つい最近70代80代の独居の男性が二人亡くなったので、あわせて6戸が空き家状態。残る住人は、男性の独居が二人、女性の独居が二人、夫婦そろっているのは当方のみ。なんとも淋しいというか空しいというか、周りがガラガラ音を立てて崩壊してゆくようだ。
 その後、空き家へ移ってくる人の噂も聞かないから、班の構成も覚束なくなってしまいそう。
 家々が空き家になり班が立ち行かなくなれば町内が成り立たなくなり、やがて先の見えた限界集落という烙印が現実のものとなる。
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2015年09月15日

友の死

 年下の友人が死んだ。60歳だった。
 以前手術した脳腫瘍が2年前に再発し、余命を宣告されて以来、壮絶な闘病の末の死だった。母一人子一人だったから、84歳の母親を残しては死ねないと、最後まで献身的に支えた従弟に話していたという。
 葬儀の日、隣で世話をしている従弟夫婦を、その母親が詰っている。
「ヤスヒコを呼びなさいよ、何やってるのよあの子は、この忙しいのに。そんなことはヤスヒコにやらせなさいよ」
 ヤスヒコとは、祭壇の中央でにこやかに微笑んでいる遺影の本人なのだ。
 現に、痴呆が進んでいるとは、ある意味、悲しみの外にいることになり本人にとっては救いとなるのか、悲しみのあまり痴呆が進むとは、現在進行形で限界を超える悲しみとの闘いにケリをつける助けとなるのか・・・。
 神事で執り行われた葬儀、神官の所作の間にも、母親の奇声が途切れることはなかった。
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2015年09月07日

だから、何!?

「生そば」という幟のとなりに、「生ビール」という幟が風に揺れていた。

「芝生」の「生える」庭のある屋敷で「生まれた」「先生」の「生涯」は、「生憎」、器用に「生きる」とは程遠いものだった。

 九つの「生」とも、読み方が全部違うのです。
 だから、何!?と言われても困るのですが・・・。
 
posted by vino at 17:24| Comment(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月02日

おだがけ

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 田のひかり稲架(はざ)にあつまりかけ終へぬ  松崎鉄之介

 予報になくても晴れは晴れ。久しぶりに陽の光を見る。
 当地では、「おだ(がけ)」という稲架。昨今、乗用型のコンバインで稲を刈る農家がほとんど。刈るそばから脱穀してコンテナで運び去るので「おだがけ」は珍しい。聞けば、自家消費用は一味違うので「おだぼし」に限るとのこと。
 野焼きの煙も立って、いよいよ秋本番。
posted by vino at 17:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする