2017年04月15日

拍 手

 簡素ながら、花いっぱいの心のこもった設えの祭壇の中央で、オオタさんの遺影が微笑んでいる。濃い藍染の和服姿だった。葬儀の終わりに、遺族を代表して長男君が挨拶をした。涙で少し詰まったところもあったけれど、気丈に亡き父親の人となりを語り、会葬者への感謝を述べた。短いけれど温かいいい挨拶だった。オオタさん、長男君立派に勤めましたねと、思わず拍手をしそうになった。思いとどまったのは、葬式に拍手はふさわしくあるまいと常識が働いたのではない。どうせ他の会葬者は黙っているだろうし、一人の拍手だけではかえって淋しく響くだけだろうと瞬時に思ったからだ。
 オオタさんは、僕にとっての、仕事の師、山登りの先導者、酒飲みの先輩、女・・・いやいや、いろいろと大変お世話になった人生の先達だったので、悲しさも悲し、寂しくてならない。
 オオタさんは、いっとき「火宅のひと」になり、数年、付き合いが途切れてしまったことがあったけれど、最後まで、良い漢(おとこ)でした。
   
  すると、彼女(引用者:大原麗子)の女優生活を十数分にまとめた映像が流されたのである。華やかに、い いところを選んで編集したビデオだった。私は見ているうちに、これは映写が終ったら拍手をしようと思っ  た。孤独な死を迎えた女優を囲んだ最後のみんなしての集まりではないか。よく生きぬきましたね、と拍手  してなにが悪いだろうと思った。終わった。拍手をした。私ひとりだった。なんという非常識というように見 る人もいた。平気だった。ルナールの言葉が頭にあった。

   なぜ弔辞の時には拍手をしないのだろう。(『ルナールの日記』岸田國士訳 第六巻)
 
 フランスでも葬儀には拍手はしないのだから、ただ私が軽はずみだっただけのことなのだけれどーーー。
(『月日の残像』山田太一著 新潮文庫 「ルナールの日記」より引用) 
posted by vino at 16:50| Comment(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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