2016年09月20日

劇空間

 11日日曜日、’座☆音劇’のプロデユース公演があった。
 場所は、那珂市役所にほど近いアトリエ浅田。画家である浅田隆さんがご自分の作品のギャラリーを兼ねてつくられた空間。
 第一部は、宮沢賢治作「双子の星」。寸劇風に群読で進められ、中で「星めぐりの歌」が歌われる。主催者の板倉美貴子さんのアレンジが素晴らしく、出演者によるコーラスのハーモニーも美しく響いていた。
〈 いい歌だなあ〜 〉と思いながら、うっとり・・・。
 第二部は、高田郁作「ふるさと銀河線」より「返信」。
 地の文をナレーションとして、小林雅子さんと佐藤信郎さん他が会話体を台詞として、やはり寸劇風に演じる。
 このプロデユース公演は、それぞれ所属する劇団やグループを離れて、作品のために集まる一発勝負。
 一回だけの公演では勿体ないと思う。というのも、芝居は客の前で演じてこそのものであり、客との阿吽の呼吸の中に成長する伸びしろを実感することが何より肥やしになるはずなのだ。
 小さな公演だけれど、80人を超える人が一堂に会して発するエネルギーは、決して小さくないと思うから・・・。
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2013年06月11日

『土』固まる

130609勘次.jpg
 
(楽屋にて。勘次の上目遣いのままに。素面ではないので、臆面もなく。)

 7〜9日4公演、無事終えました。300人劇場(市生涯学習センターふれあいホール)は、いずれも補助席が用意されたほどの盛況だったようです。(スタッフからあとで聞かされました。)
 長塚節の生家のある常総市や県南、県西からも遠路たくさん観に来てくださいました。
 終演後、ロビーでお見送りするときに、ご年配の方々が目頭を濡らしたまま近づいて来られて声を掛けてくれました。世代的にご自分たちの辛く苦しい時代と重なって感じられた、と。
 重いテーマでしたが、観てくださった方々の胸に少しでも届いたかと思うと、こんな嬉しいことはありません。握手をしていただいた方々の手の温もりは、当方の手の中に今も残っています。
 最後に、劇中のひとつの山場である長口舌のシーンを・・・

勘次: あんまりだんべ、・・・おんじら、そうだごど・・・言うだげのこどしてくれだが、一度(えぢど)だってかまって呉れだごどあんめぇ、どごで乞食(こじぎ)しようと、俺(お)らのかってだぁ!・・・(村の者に向かって)お前(め)えら、俺らを年がら年中、なぶり者、笑え者にして来たぁ・・・俺らなんにも言わなかったけんど、ちゃんと胸に畳(ただ)み込(ご)んであんだ。・・・吝(しわ)ん坊だ、泥棒だ・・・なんで俺ら馬鹿(ばが)にさってたんだ。俺ら、村一番(むらいぢばん)の貧乏だがんか?そんだが、貧乏は俺らがせいがよ?・・・俺ら働(はだら)ぐこっちゃ誰にも負げねえぞ。そんだのに、いづも貧乏で馬鹿(ばが)にさってんだ。・・・俺らな、餓鬼(がぎ)ん時(とぎ)がら、腹一杯(はらいっぺぇ)食ったごどのねえ男(おどご)だ。俺ら、この年になっても、田圃一枚(えぢめえ)畑(はだげ)一枚持ったごどのねえ男だ。(涙がポロポロこぼれている)そんだがら、馬鹿にされ、こげにさってんだ。・・・俺ら田圃一枚でも持って、土間さ年中俵ぁ摘んどぐようになって、見返(みげえ)してやんねじゃ、死んでも死ねねんだ・・・俺ら何のための吝ん坊だ!?何のために暗(くれ)えっから暗えまで働(はだれ)えでだんだ!?・・・そんだのに、そんだのに、・・・火事なんざおん出で・・・何もかも丸焼げでねえが・・・俺らにゃ、はぁ・・・何にもなぐなっちゃった。明日食うもんもねえんだ。藁ん中(なが)さもぐって寝でんだ。俺ら、もう、目の前(めえ)が真っ暗なんだぞ!・・・爺様(じっつぁま)連れで来て何処(どご)さ寝がせんだ、何食わせんだ!?言(ゆ)ってくろ!何食わせんだ!?何処(どご)さ寝がせんだ!!(狂人のような眼をし、呼吸をはずませている)

 演じながら、舞台の板に涙がポタポタ落ちるのが見えました。

 おつう(娘)役のSさんの台詞も耳に残っています。

おつう:《(働かぬものに対する憎悪をもって)》そんだって・・・働かねじゃくえねえぞ。(幕)
※台本の、この括弧書きの意味が、胸にこたえます。

「農民の汗と涙が土を濡らして、その土はあたらしい芽を育んでゆく。」いい文章でしょう?観てくださった方に、公演パンフレットといっしょにお配りした「ご感想」依頼のアンケート用紙のキャプションです。演出の木村夫伎子さんの熱い思いが伝わってきませんか?

posted by vino at 11:10| Comment(2) | 観劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月20日

『土』を耕す

IMG.jpg
 
 ひょんなことから、市内の劇団「橋の会」に客演することになった。
「橋の会」は、民芸などにかかわったことのある木村夫伎子さんが主宰する団員が全員女性で、演目によって男性の客演を仰ぐという特異な劇団だ。劇団の構成人員も生い立ちも主義主張も分からないまま、いつの間にか台本を渡されて週二回の稽古に通うことになった。
 今年の演目は、皆さんご存じの長塚節作『土』。その長編を、節の従兄弟である伊藤貞助が脚色したもので、プロの劇団でも何回か取り上げられているという三幕七場の大作だ。
 当方が演じるのは、貧しい小作の男、勘次。
『土』を通読、読み遂せたという記憶がない。節独特の微に入り細にわたる文体、描写についてゆけず、おまけに同じ茨城県ながら、ややこしい方言に幻惑されて何回か中断してそのままに捨ててしまった作品だ。
 稽古は、火曜日と土曜日の週二回。稽古中は、木村さんの容赦のない叱声が飛び、罵声を浴びせられることもある厳しいもの。市民劇団というと、「観劇料は無料」というのが通り相場だけれど、木村さんは甘えを許さずに、チケット料をいただいて、それに見合った内容をお客さんに観ていただくという信念から、前売り券1,000円、当日券1,200円という設定。今年は、6月7,8,9日の三日間の公演になる。金曜日は、午後6時から、土曜日は午後1時と6時の二回、楽日の日曜日はマチネーのみ。
 いやいや、3月に入って立ち稽古になったものの、当方はさっぱり台詞が入らない。先輩の団員方は余裕綽々で誰一人台本は手にしていない。先日の稽古では、「本は手にしないで!詰まったらプロンプターの声を聞きなさい!」と当方一人叱られた。
 市内の300人劇場で四公演、毎回前売りチケットが完売というから恐れ入る。
 土を耕すように、台詞を味わいながら一日も早く憶えなければならない。3分近い長台詞もあるし・・・。
 是非、ご・こ・う・ら・ん・く・だ・さ・い・ま・せ。
 
posted by vino at 20:06| Comment(0) | 観劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月03日

白石加代子「百物語」


白石加代子.jpg 白石加代子「百物語」シリーズ・第二十七夜
「銀河鉄道の夜」宮沢賢治
 水戸芸術館ACM劇場
 4月2日

 朗読を聴く楽しさは、ひとつには、読み手が文字を追いながら何時しか文字を離れ、「ことば」として表現する、そのろ過作用の手続き、手際に立ち会うことにあると思う。
 その進行過程には、ときに、素のままの読み手が露わになり、演劇における役者よりも強く読み手の人となりが現れる。
 ろ過された「はなし」は、化学反応を起こして新たなイメージ群を伴いながら、蒸気となり化合物となって聴き手を刺激し始める。暗闇に、読まれる作品のハレーションが浮かび上がり、読み手と聴き手の間を漂い、共鳴しながら行ったり来たりする。
 やがて朗読は、読み手のものではなくなり、かと言って聴き手のものでもなくなり、二者の間に揺れ動く異相のもの、「ことば」が本来持っている、強い「雰囲気」と言ったものに変容を遂げて行く。
 読み手の演技は禁欲的なまでに抑えられ、いつでも手にした「本」に収束される。それは、動く人、演技する人、白石加代子でも同じだ。
 主役は、照明される「本」であり、そこから言動する「ことば」なのだから。
 
 今宵、銀河の流れを横切った、ひとつの光を見たことは確かだ。殊に、前口上で、賢治の詩のひとつ、大好きな「薤露青」に触れられたので、なおさら感動が極まったのかもしれない。
posted by vino at 11:14| Comment(0) | 観劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする