2016年07月07日

ネムノキ

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 風わたる合歓よあやふしその色も  加藤知世子
 
 隣家の屋根高く、ネムノキが枝を広げている。今が花盛り。刷毛で刷いたような淡々とした色合いの花が梅雨の中休みの青空に映える。
 花に戯れながら風が渡ってゆく。
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2016年07月06日

キバナヒメユリ

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 百合の香や人待つ門の薄月夜  永井荷風

 仕立てが揃いすぎるとくどくなるが、「百合の香」も「人待つ門」も「薄月夜」も待つひとの心底に響いて何とも艶っぽい。
 この景に合うのは、匂いの強い鹿の子散らしの山百合だろうか。
 しかし、こんな可憐な百合もありますよと、荷風先生をからかいたくなる、ヒメユリ・・・。
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2016年07月04日

ツユクサ

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 露草の咲きちりばめし露葎(むぐら)  福田蓼汀

 田の畔、辺りの夏草は刈り払われているのに、瑠璃をちりばめたようなツユクサの一叢が刈り残されてある。農家の人もその美しさに目を奪われたに違いない。
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2016年07月03日

額の花

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 かなしみのはづれより咲く額の花  平井照敏

 中心の粒々の多数花より、ぐるりと取り囲む胡蝶花の印象が強いガクアジサイ。
〈 かなしみのはづれ・・・ 〉が俳味。
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2016年06月26日

ラッキョウ

 辣韮も置きある納屋の這入口(はいりくち)  虚子
 
 納屋の入り口に、土付きの辣韮が置かれてある。
 一皮むけば輝くような白い肌を秘めた辣韮と納屋の薄暗がりとの対比が目に浮かぶ。

 ラッキョウを2kg買ってきた。1kg100円引きという値札が付いているのも魅力だったけれど、大粒のラッキョウをみてその歯触りを想像して思わず唾を飲み込んだ。
 さっそく皮をむいて支度を整え、ラッキョウ酢に漬ける。10粒ほどはそのまま生食用に残してもらった。
「ラッキョウは血液サラサラにいいのよね」と家人。
 先年の検査時には25%狭窄だった冠動脈の症状が、先日の心カテーテルの検査後、「3本のうちの1本が進行していて75%狭窄」と言われ、来月、ついにステントを入れることになった。
 生活習慣も食生活も変えねばならない。カウントダウンにはまだ早いと思っていたけれど、忍び寄る物の怪の足音が聞こえるようだ。

 辣韮の薄皮むけば目に白し

 
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2016年06月11日

白鳥は悲しからずや・・・

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 代掻き田に水が張られ水張田となり、その後田植えがなされて早苗田となった田んぼは、里山を近くに映して美しい景観を見せていたが、分けつが進んだ青田は水面が隠れてしまい、逆さに映った里山も姿を消した。
 シラサギが一羽、餌をついばんでいる。
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2016年05月13日

花下陰

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 花陰や人恋ふとしも朧影
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2016年05月05日

カラスノエンドウ

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 今の季節は、野の草を雑草と一括りにできないときではないだろうか。足で踏むのがためらわれるように、可憐な花々が咲く。「よく」ではなく「よ〜く」みると、それぞれの生の営みがほの見える。
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2016年04月23日

祈りを捧げます

 熊本市中央区に住む、姪夫婦とやっと連絡が取れた。二人とも元気で、免震構造であるマンションの住まいにも大きな被害はないということで一安心。とは言え、停電と断水、ガスの供給も止まっていたため二日前まで避難所での生活だったという。
 看護師の姪は、不眠不休で患者やけが人の対応に追われているせいか、いつもの落ち着いた物言いとは違い高揚した声で報告してくれた。
 電話は緊急連絡用に待機していなければならないというので長話は無用と、元気な声を聞いて、切った。
 一日も早く地震が収束して、若い夫婦にも、地域の人々にも安寧な日常が戻るように祈らずにはいられない。
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2016年04月12日

落花・・・

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 みてのみや人にかたらむ山桜手ごとに折りて家づとにせむ  素性
                    ( 『古今集』春の上 )

 目の前に差し渡す枝で微風にそよぐ花を見ると、一枝なりとも頂戴いたしたく、と悪心が起こる。
 散り敷いた花弁の中に、ここに咲いてますよと言いたげな小枝のついたままの花が地面に落ちていた。時に吹く強い春風のいたずらか、小鳥のついばんだおこぼれか。
 家に持って帰って小瓶に活ける。
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2016年04月11日

落花語はず

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 落花語(ものい)はず空しく樹を辞す  流水心無(こころな)うして自ら池に入る  白
      (『和漢朗詠集』:講談社学術文庫より引用)

 祭りでもそうだけれど、一筋路地を違えただけで、別世界の静けさに溶け込んでいくかに思う時がある。
 桜の満開の下では、車座になって人々が笑い興じているとき、公園の谷間の道をたどると冷やりとするような閑静な場所に出た。
※ 物の本には、「中国で詩に詠まれる花と言えば、桃や李を言う」とありますから、「落花」から桜を連想するのは当たらないかもしれませんが、「詩心彼我に通底す」と言い訳をしつつ・・・
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2016年04月05日

白菜の花

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 菜園の隣の畑に、黄色い花が咲いている。取り残しの白菜の花だ。菜の花そっくりだけれど、根元にロゼット状の根生葉のように白菜の葉が広がっている。
 篤農家の畑なのだけれど、去年の暮れに体調を崩したとかで、以来姿を見せない。
 薹が立つ、とは @ 野菜などのとうがのびる。A 時期が過ぎる。と国語辞典にあるから、自然の摂理通りには違いない。しかし、花が美しいと思うにつけても、主の一日も早い回復を願わずにはいられない。
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2016年02月06日

こだま

 ため息を声にするひとがいる。
「どうしました?」
「心にこだまを、ね、聞こうと思って・・・」
「!?」
(ひとの心は、どこまで奥深いのだろう・・・)
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2016年01月28日

汁椀

  お供えの汁椀温し冬座敷
 
 松飾が取れるのを待つように、母が旅立った。数え九十九歳だった。
 母は、大正、昭和、平成と一世紀に近い生涯だったから、山あり谷あり、波乱に満ちた人生に違いなかった。何といっても忘れられないのは、先の戦争で、戦火に追われるように東京から取るものもとりあえず疎開を余儀なくされ、ゼロからの出発どころか、何もかも失ったという喪失感もあって、マイマスからの再出発を強いられたことだったろう。幸い母は兄弟姉妹に恵まれ、8人兄弟姉妹の下から2番目だったから、何くれとなく声を掛けて助けてもらったと、終生感謝の気持ちを忘れたことはなかった。
 母は、自分の口を細くしても、我々子供たちの心配をする人だったし、いつもにこやかに明るい家庭を守ってくれた。
 母は、94歳ころまで鍬をもって畑を耕し、家庭菜園で四季折々の野菜を育てるのを何より楽しんでいた。
五人の子どもとそれぞれの連れ合い、11人の孫と8人のひ孫に囲まれて、穏やかな晩年だったと思う。
 
 寒い日が続く。せめて温かいものをと、霊供養膳には熱々の汁椀を供える。
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2015年11月03日

B・・・お前もか!!

 という心境になる。 
 今年の我が家の家電製品の相次ぐ故障、事故が、ついに愛用のノートパソコンにまで、とは。
 オーディオのアンプやらスピーカーやらのつなぎ替えをしていて、接続ケーブルのピン端子をノートパソコンの蓋で挟み込んでいたのに気づかずに蓋に圧力を掛けてしまったらしい。そのとき、ピシッと音がしたけれど、作業中はそれに集中していて何の音か、さして気にも留めずに接続作業を終えて、パソコンから音を送ろうと画面を見て驚いた。ディスプレイの左上隅に、直径5センチほどの黒点があらわれていて、そこから縦横に3色の線が無数に点滅している。しまったっ!!先ほどのあの音は、液晶ディスプレイが割れる音だったのだ〜〜〜。
 慌てて家電ショップに駆込んだけれど、案の定、「液晶ディスプレイは高価なので手ごろな新しい機種が買えるくらいになります。それに、お使いのPCは、故障対応の期間がそろそろ切れる機種ですので、この際お買い替えを検討されたほうが賢明かと・・・」と、店員のご託宣。さらに、当然のこととは言え、データの取り出しにもン万円の工費がかかる、と追い打ちをかける。
 かくて、PCの買い替えやらデータの取り出しやら、引っ越しやらで予想外の出費がドカ〜ンと・・・。
 言葉にするのも忌々しいわい・・・、ト・ホ・ホ・ホ
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2015年10月11日

木の下止み

  茶室いま下闇雫軒しづく 山口青邨

「木(こ)の下闇」は、夏の季語で三夏。夏木立の鬱蒼と茂って昼なお暗いさまを言う、とものの本にある。万葉の昔から好まれて詠われ、多くの歌に残る、とも。
「木(き)の下止み」とは言わないのだろうか。傘をさして樹の下に通りかかると、雨の音がパタリと止んで一瞬の静寂が訪れる。やがて葉末から落ちた雫が傘を叩く。
 掲句は、そんな情景を連想させて味わい深い一句。
 落ち葉の季節も近い。
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2015年09月24日

いづれの日にか

 あるはなくなきは敷添ふ世の中にあはれいづれの日まで嘆かん  小野小町

 限界集落という。
 当方が住む地域も、年長者の不幸が相次ぐ。地元の小学校に通う町内の児童の数は、男児女児あわせて14,5人だから、差し引き計算をするのが恐ろしいくらいの速度で、人口が欠けてゆく。
 班内11戸のうち、独居者が引っ越したり施設に入所したりで4戸が空き家になり、つい最近70代80代の独居の男性が二人亡くなったので、あわせて6戸が空き家状態。残る住人は、男性の独居が二人、女性の独居が二人、夫婦そろっているのは当方のみ。なんとも淋しいというか空しいというか、周りがガラガラ音を立てて崩壊してゆくようだ。
 その後、空き家へ移ってくる人の噂も聞かないから、班の構成も覚束なくなってしまいそう。
 家々が空き家になり班が立ち行かなくなれば町内が成り立たなくなり、やがて先の見えた限界集落という烙印が現実のものとなる。
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2015年09月15日

友の死

 年下の友人が死んだ。60歳だった。
 以前手術した脳腫瘍が2年前に再発し、余命を宣告されて以来、壮絶な闘病の末の死だった。母一人子一人だったから、84歳の母親を残しては死ねないと、最後まで献身的に支えた従弟に話していたという。
 葬儀の日、隣で世話をしている従弟夫婦を、その母親が詰っている。
「ヤスヒコを呼びなさいよ、何やってるのよあの子は、この忙しいのに。そんなことはヤスヒコにやらせなさいよ」
 ヤスヒコとは、祭壇の中央でにこやかに微笑んでいる遺影の本人なのだ。
 現に、痴呆が進んでいるとは、ある意味、悲しみの外にいることになり本人にとっては救いとなるのか、悲しみのあまり痴呆が進むとは、現在進行形で限界を超える悲しみとの闘いにケリをつける助けとなるのか・・・。
 神事で執り行われた葬儀、神官の所作の間にも、母親の奇声が途切れることはなかった。
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2015年09月07日

だから、何!?

「生そば」という幟のとなりに、「生ビール」という幟が風に揺れていた。

「芝生」の「生える」庭のある屋敷で「生まれた」「先生」の「生涯」は、「生憎」、器用に「生きる」とは程遠いものだった。

 九つの「生」とも、読み方が全部違うのです。
 だから、何!?と言われても困るのですが・・・。
 
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2015年08月18日

真ん中

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 当ブログ定番のアマガエルの生態。
 ウッドデッキの手摺子にへばりついている。何を好んで垂直思考を続けるのか。
posted by vino at 19:33| Comment(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする