2009年07月02日

「あなただったらどうしましたか?」

 
朗読メ.jpg 映画、「愛を読むひと」を観て、手持ちの『朗読者』(ベルンハルト・シュリンク、松永美穂 訳・2001年3月25日23刷・新潮社)を再読した。
 
 愛が悲しいとすれば、それは生きることが悲しいことであり、生きることが悲しいとすれば、それは自分の存在そのものが悲しいことである。
「読む」という行為そのものが愛であり、「読む」ことが愛の代償であり、「読む」ことが自己存在のバランスシートの一項目となっている。
 とすれば、字幕版の映画のタイトル「愛を読むひと」という措辞は、屋上屋を重ねることであり、「読む」こと、「読む男(ひと)」を、何処かに置き去りにしている。それは小さなことだけれど、「読む」ことの重層性を矮小化することになるだろうと思う。
 原作では、よりはっきりと、「ぼく」のハンナに対する距離感が語られている。それは惧れでも憎しみでも無視でもない。単なる、採るべき距離感を憶測する逡巡でもなく、ましてや、一方的な罪悪感でもない。それは一度愛したものの実像に対する戸惑い、手を離れたものに対するある種の安堵感であり、多分、それらは皆、愛の陰に潜んでいるものなのだ。
 以前付けた付箋が2枚残っていた。
 今回再読して、その数は16枚に増えた。

「訳者あとがき」にもある。
---ジョージ・スタイナーは、この本を二度読むことを勧めている。
posted by vino at 16:14| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月30日

STATE OF PLAY

 
 久し振りに、映画鑑賞。
‘STATE OF PLAY’(邦題「消されたヘッドライン」)
現在、各地の映画館で上映中の映画でしょうから、下手な映画評を書いてネタバレになってはいけませんので、例によって、ミーハーの言。
 
 獲物を狙うときのネコ科の猛獣は、ライオンにしてもトラにしてもヒョウにしても、何故あのように悲しげな眼差しをするのだろうか?
 他の動物の命を奪わなければ、自らを養ってゆけない宿命を嘆いているのだろうか。

 ポスターやパンフレットの表紙の、ラッセル・クロウの右目だけを、親指と人差し指で丸を描いて覗いてみてください。でしょう?そう、彼はネコ科です。
 ラストシーン近く、同僚の女性記者とささやかな祝杯を上げる時だけ、取って置きの笑顔を見せてくれます。
 うっかりして、映画の中では確信できませんでしたが、その時の酒が、アメリカのプライム・ウィスキーとして名高い、バーボン・ウィスキー、ジャック・ダニエル ブラック・ポケット200ml 40°、です、確か。
 え!?、瑣末事に過ぎるぞ、ですって!!細部まで手を抜かないのが、あちらの映画の本物度で、当方にとっては逃せない見所なのです、悪しからず。(それと、昔々、某君がバーボンならこれ、と痛飲していた銘柄なのでした。)
 ロビン・ライト・ペンも出ていました。このひと、50%幸せ、50%不幸という役どころでは、揺れる女心の奥底を演じてピカピカ光って、大好きな女優さん。

※売店で買ったパンフレットの表紙を、追記でお断りして転載させていただこうと思いましたが、(WEBサイトでの使用を含む)とあって、禁止されていました。当然ですよね。従って、残念ながら映像はありません。映画館でどうぞ。 
posted by vino at 15:30| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする